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「あー……、その、なんだかお騒がせしちゃったみたいですみません」
「ロラン先生は大丈夫なのか?」
「ええ、大丈夫みたいです。僕が話を聞いておくので、皆さんはどうぞ仕事に戻ってください。キャプテンにも、僕から報告しておきますから」
フレデリックによく似た顔で微笑めば、集まっていたクルーたちはそれぞれに散っていった。もちろん、ガブリエルがセキュリティーの副統括であるということも、クルーたちに安心感を与えた事だろう。
通路に人がいなくなったのを確認して、ガブリエルはようやくロランの部屋へと戻った。後ろ手にドアを閉めれば囁くような声が名前を呼んだ。
「ガブリエル……」
「怖かったね。けど、もう大丈夫だから」
床に座り込んだロランの躰を、ガブリエルはふわりと抱き上げた。すぐさま首へと回される腕に、小さく微笑む。
「俺が来るまで、我慢できて偉かったね」
「私は……」
「うん。ロランが抵抗しようとしてたのは、分かってるよ」
ロランを抱えたままガブリエルは寝台へと腰かけた。ゆるりと、宥めるように華奢な背中をさする。けれども、ロランは首を振るばかりだった。
「違う……です。私が……鍵を…あなたが来るからと……」
「うん。俺のために開けて待っててくれたんでしょ? ちゃんと、分かってるから大丈夫」
未だ震えの収まらないロランの躰を抱き締めながら、ガブリエルが先ほどの男に殺意を抱いたことは言うまでもない。
関係がクルーに知れれば、騒ぎが起こることは目に見えていた。だがしかし、こんな事になるのはガブリエルとしても想定外だ。騒がれるくらいどうという事はない。が、まさかロランが男に言い寄られる事になるとは予想もしていなかった。
――これは、調べないと駄目だな。
ロランが医師としてクルーやゲストに好かれているのは知っていた。けれど、さすがに恋愛感情や嫉妬を抱く者が存在するとは思ってもみなかった。
ガブリエルが通路で聞いた声は、明らかにロランに想いを寄せる者のそれだったように思う。そもそもロランが突然の来訪に恐怖を覚えている時点で男との仲が親密なものであるはずもない。つまりは、男の一方的な感情なのだろう。
やれやれと、ガブリエルは些か嫉妬にも似た気持ちを抱えて苦笑を漏らした。
「それよりもロラン。俺も、ロランに謝らなくちゃね」
「え?」
「なぁに驚いた顔してんの? 俺がここに来たのは、そもそもロランに謝るためだよ。忘れちゃった?」
混乱から回復しつつあるロランの髪を、ガブリエルは優しく撫でた。
「騒ぎになるかもって、ちゃんと教えてあげられなくてごめんね」
「ぁ……」
「まさかこんな事になるとは、思ってなかったけどさ」
「すみません……、私にも、何が何やら……」
「うん、大丈夫だよ。あとでちゃんと、話しを聞きに行こう? もちろんふたりで、ね」
ガブリエルがそう言って微笑めば、ロランは小さく頷いた。
何も告げず、ガブリエルが男を処分することは容易い。だが、ロランの性格を考えれば、それを望みはしないだろう。
「まだ、怒ってる?」
「いえ……」
「って、こんなタイミングで言うのはフェアじゃないよね。ごめん」
こつんと額を触れ合わせるガブリエルの背へと、ロランは腕を伸ばした。逞しく、大きな躰に安心する。
「いいんです。あなたが来てくれて、嬉しかった……」
求めるように僅かに顔を上げれば、優しく口づけられる。合わせられたふたりの唇から、微かな水音が部屋に響いた。
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