Day.19

4/10
197人が本棚に入れています
本棚に追加
/187ページ
 その日の午後には、ロランとガブリエルはセキュリティー部門の統括、つまりロイクからの呼び出しを受けた。船内でのトラブルは、クルーであれゲストであれ、すべてがセキュリティーの管轄である。  会議室に居るのは、ロランとガブリエル、ロイクの三人だけだ。 「まったく、ロラン先生にこんなにも熱狂的なファンがいたとはね」  タブレットを片手に、感心したように告げるロイクの視線がすぃとガブリエルへと向けられる。 「それで? 君は何の手も打たずにロラン先生を危険にさらしたという訳かな?」 「さすがに押し入るような奴が居るとは……」 「まあ確かに、これは僕も予想外だったけどね」  トントンとタブレットの画面を指先で叩き、ロイクが差し出した端末をロランは受け取った。表示されているリストは、ホテルスタッフのもののようである。顔写真も表示されたそれを、ロランはじっと見つめた。 「チェックが入っているのが、今日君のところに押し入った子。見覚えは?」 「以前、メディカルセンターに受診された方かと……」 「正解。まあ、ロラン先生は親身で優しいってみんなが口を揃えて言うくらいだからねぇ。今回の件は、彼が勘違いをしてしまった、というところかな」  然して危機感もない口調でロイクに言われてしまえば、ロランには何も言うことが出来なかった。  幾つかロイクに聞かれるがまま応えていれば、背後でノックの音が響く。振り返ったロランの視線の先で、ガブリエルがドアを開けた。 「失礼する」  短い挨拶とともに姿を見せたのは、ホテル部門の総支配人であるハーヴィーだ。その後ろに、つい今しがたロランの部屋へと押し入った男の姿がある。 「やあハーヴィー、多忙な君の手を煩わせてしまってすまないね」 「構わん。これも仕事だ」  恋人である事を明らかに隠そうとしないロイクと、あくまでもビジネスライクなハーヴィーの姿はどこか滑稽に見えなくもない。 「さて、役者も揃った事だし、こんなつまらない仕事はさっさと片付けてしまおうか」  大袈裟に肩を竦めるロイクが言って、ガブリエルは今しがた入ってきた男を見遣った。視線にぶち当たった男が僅かに後退る。だが、ガブリエルの視線はすぐに手元の端末へと落とされた。 「エメリコ(Emerico)アレハンドロ(Alejandro)……。スペイン人か」 「ぉお俺は……っ」 「ああ、うん。アンタがロランの優しさに勘違いをしたっていうのは、俺も分かってるよ。だからさ、その件についてはまあ、()()()話そうか。それよりも、アンタはロランに謝罪をすべきじゃないかな」  そしてフラれてしまえと、内心でガブリエルは嘲笑を零した。 「ロラン……」  ロランが”ロラン”とファーストネームで呼ばれるのは、この船の中では当たり前のことだ。他の誰がロランの名を呼んでも、何かを思った事はない。だが、アレハンドロのそれを聞いた時、ガブリエルは紛れもない苛立ちを覚えた。  ――気安く呼んでんじゃねえよ。  思わず拳を握り締めれば、ポンと肩にハーヴィーの手が乗った。 「若いな」 「っ……」 「お前に殴られたら、彼はゲストの前に出られなくなってしまう。どうせ丘に戻れば解雇されるんだ、それまでは我慢しろ」  淡々としたハーヴィーの口調は、ガブリエルにとって意外なものだった。 「あんたが()()に来た理由、なんか分かったかも」 「まあ、案外楽しくやってるよ」 「そうだろうね」  小さな笑いを零し、ガブリエルは握り締めていた拳を解いた。ロランと男の話を聞くともなく眺める。 「アレハンドロ。あなたのお気持ちは嬉しいのですが、私にはガブリエル(恋人)がおりますので……。今後、このような真似はなさらないでください。ほかならぬ、あなたのためにも」  項垂れるアレハンドロの肩へと伸ばされたロランの腕は、だが大きな手に横から攫われることとなった。 「ッ! ……ガブリエル…」
/187ページ

最初のコメントを投稿しよう!