Day.19

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 あっという間に逞しい胸へと引き寄せられて、ロランは顔が熱くなるのを感じた。人前で、こうして抱き締められるのは慣れていない。 「それ以上は、俺が我慢できなくなっちゃうから、ね?」  耳元に低く囁くガブリエルの声に、ロランは小さく頷いた。嫉妬はダサいからしたくないと、そう言っていた若い恋人の願いを無碍にしたくはない。  船がイギリスに戻れば、アレハンドロはきっと生きてはいないのだろうと、それはロランにも分かっている。ガブリエルが我慢すると言ったのは、あくまでもこの船の上での話だ。  腰に回された腕の強さが、ガブリエルの想いの強さをロランに伝えていた。 「話は、ついたみたいだね」  穏やかな笑みを浮かべたロイクは、ガブリエルたちとアレハンドロを遮るように立った。 「アレハンドロ。セキュリティー部門統括の名において、君に三日間の自室待機を命ずる。もしこれが破られた場合、やむを得ない処置として、即時解雇及び君の身柄を拘束させてもらうことになる。くれぐれも、行動には注意されたい」 「……はい」 「これで良いかな? 総支配人?」 「ああ、構わない。うちのスタッフが手間をかけたな」  言いながらハーヴィーがドアを開ければ、セキュリティースタッフが二名、アレハンドロを連れ出すために立っていた。 「すまないが、彼を部屋まで送ってやってくれ」 「心得ました。それでは失礼します」  スタッフに連れられて部屋を出るアレハンドロを、ロランはガブリエルの腕の中で見送った。まさか自分のためにこんな事態が起こるとは、夢にも思っていなかった。  再び部屋の中には身内だけが残り、躊躇いもなく伸ばされたロイクの腕を、ハーヴィーが容赦なく叩き落す。 「職務中だ、馬鹿者が」 「せっかく君のところの不祥事を揉み消してあげたのに……」 「言っておくが、私は頼んでいない。むしろ勝手な真似をされて迷惑なくらいだ、覚えておけ」  不祥事という言葉に、ロランはハッと我に返った。 「あの、ハーヴィー」 「何だ」 「申し訳ありません。私のせいでこのような事に」 「これはアレハンドロ自身の過ちであって、誰のせいでもない。だいたい、詫びるのは私の方だ。私の部下が迷惑をかけてしまって、本当にすまなかった」  誰へ、という訳ではない。ハーヴィーの謝罪は、その場の全員へと向けられたものだとすぐに分かった。 「はい。この話はこれで終わりね」 「ロイ……」 「つまらない揉め事に、僕の貴重な時間を捧げるなんてもったいないだろう?」  ロイクらしい言い分に苦笑を漏らし、ハーヴィーもまた肩の力を抜いた。 「そうだな」 「ああそうそう、ガブリエル?」 「はい」 「分かっているとは思うけれど、くれぐれも、イギリスに戻るまでは彼に手を出さないようにね」 「ええ」  幾分か低い声でもたらされた返事にくすりと笑みを零し、ロイクは頷いた。 「分かっているなら結構だね。まあ、君はフレッドと違って我慢の出来る子だと信じているよ」 「今の科白は、父上には内緒にしておきますよ」 「あっははっ。別に、聞かれたところで僕としては構わないけどね」  可笑しそうに笑うロイクはだが、ハーヴィーの手に耳を引っ張られて眉根を寄せた。 「痛いじゃないか」 「まったく、フレッドが絡むとすぐにそれだな」 「嫉妬かな?」 「私がフレッドに嫉妬するとでも? 馬鹿馬鹿しいにも程がある」  そもそもハーヴィーは他人に妬みや僻みといった感情を覚えたことがない。あくまでも信じているのは自分自身であって、他人に期待もなければ興味もないのだ。ハーヴィーが感情を揺さぶられる相手はロイクただ一人だが、それと同じくらい、フレデリックの心がただ一人のものである事を知っている。嫉妬など、しようはずもない。 「それはそれで、僕が嫉妬してしまいそうだけどね」  まるで心の中を見透かすかのように、碧い瞳がハーヴィーの顔を覗き込んだ。
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