Day.19

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「あなたの戯言に付き合っていたら、私の身がもたんな。あなたの心は私のもので、私の心もまた、あなた以外に渡すつもりはない。それのどこが不満だ?」 「何も。君ほど最高なパートナーを僕は知らないよ」 「なら、少しは妄言を慎んでくれ。それだけで私の心労は九割削減される」  心労の殆どがロイクのせいだと言い切るハーヴィーに、本人はだが反省の色もない。それどころか、ハーヴィーへと纏わりつく始末である。  すっかり存在を忘れられたガブリエルとロランは、互いに顔を見合わせた。見慣れた遣り取りが、ささくれ立った気持ちを穏やかにしてくれる。 「相変わらず仲が良いことで」 「私も、ハーヴィーのように自信がもてるといいのですがね」 「うーん。さすがに、あそこまで自信持たれても俺が困っちゃうから、ほどほどにね」  ロランの目標として据えるには、確かにハーヴィー・エドワーズという男は適任だろう。当人も明言している通り、ハーヴィーもまた頭脳労働専門だ。ロランとの相性も、悪くないと、そう思う。  フランス人でもないのにフランスマフィアという肩書を背負い、メイドメンバーに名を連ねるほどの手腕と豪胆さは、ガブリエルでなくとも感嘆に値する。 「けどまあ、目標というか、ロランの目指す方向性は、ハーヴィーなんじゃない?」 「身近なところにモデルがいるのは、ありがたいですね」 「ロランが俺を困らせる日を、楽しみにしてるから」 「それは、私がロイを困らせているという意味か? ガブリエル」 「ッ……!」  唐突に耳に流れ込んだ声に、ガブリエルはロランにだけ見えるように片目を瞑ってみせた。 「えっと、そういう訳では……」 「私には、そう聞こえたが?」 「俺は、ロイほど自信家じゃないからね。ハーヴィーみたいに心労の九割が自分のせいとか言われたら、反省するなって、そう思って?」 「まったく……。こそこそと人をダシにするのはやめろ、鬱陶しい」 「はぁい」  四人は同じメイドメンバーという立場ながらも、ロイクやハーヴィーが相手となれば、ガブリエルとて歯向かえる筈もない。  大人しく返事をするガブリエルを呆れた顔でハーヴィーは眺めた。だが、その視線はすぐにロランへと向けられる。 「だいたいロラン、あなたもあなただ。腑抜けるのがガブリエルではなくあなたの方では困る」 「はい」 「内情はどうあれ、メイドメンバーとしてあなたと私は対等な立場にあると思っている。そもそもあなたは、表向きとしても医療班の主任だろう。私やロイと何ら立場は変わらないし、目標だ何だとへりくだるのはよせ。その考え方があなたを卑屈にしている原因だ」  ハーヴィーがそう言い切れば、どこからともなく口笛の音が部屋に響いた。四人の視線が、一斉にドアへと向けられる。 「おっと、そんなに注目させるつもりじゃなかったんだが」  大袈裟に肩を竦めて部屋へと入ってきたのは、他でもないクリストファーだった。 「あまりにも良い啖呵だったもので、ついな」 「やめろ、こちらが恥ずかしくなる」 「ははっ。俺は、お前のそういうはっきりしたところは嫌いじゃない」  ハーヴィーの肩を軽く叩いたクリストファーは、ガブリエルの目の前で足を止めた。否、ガブリエルの腕に抱かれたロランの目の前に、だ。 「なあロラン、そろそろ、ケジメをつけないか。俺としては、お前とガブリエルが付き合う事に反対はしない。その上で、このままファミリーに残るか、離脱するか決めろ」 「っ、クリストファー……、あなたは……」  クリストファーの表情はまるで能面のようだった。この世のすべてを諦めたようなその顔を、ロランはよく知っている。 「待てよクリス! 離脱ってどういうことだよ!」 「黙れ。俺はお前に聞いてるんじゃない」  すっと動かされた視線に、ガブリエルの背筋を冷たいものが這い上がる。気を抜けば呼吸さえも忘れてしまいそうな威圧感に、ガブリエルは息を呑んだ。
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