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クリストファーの視線がロランへ戻されても、纏わりつく空気の重さは変わらなかった。
「すぐに答えを出せとは言わない。そうだな、このクルーズが終わる前に、ってことでどうだ?」
「ぁ……、っ」
「ああ、悪い。お前には、少しばかり強すぎるのか」
平淡な声とともに、ロランはようやく息を吐き出すことが出来た。腰に回されたガブリエルの腕が、僅かに震えているのがわかる。
「考える気になったか?」
「時間は、要りません……」
「はん?」
ロイクとハーヴィーが見守る中、ロランは震える手を握り締めた。
「あなたが優しい方だというのは、誰よりも知っています、クリストファー……。ですが、私はあなたのその優しさに甘えたくはない……」
「俺が優しい? ただお前が必要なくなったって、そう言ってるだけなんだがな」
腰へと回されたガブリエルの腕に、ぐ……っと力がこもるのを感じて、ロランは大きく首を振った。ガブリエルはきっと、クリストファーの言葉を誤解している。
僅かに動いたガブリエルの躰を、ロランは慌てて抱き留めた。このまま、クリストファーに殴り掛からせる訳にはいかない。
「ガブリエルっ、違います。これは、あなたが思っているような話じゃない!」
ロランの悲痛な声に、喉を鳴らすような音が重なった。
「良いじゃないかロラン。この際、王子様に守ってもらったらどうだ? まあ、動けるものならな」
「やめてくださいクリストファー! あなたはいつも……!」
「いつも? 何だ、言ってみろよ」
くつくつと喉を鳴らして嗤うクリストファーをロランは睨んだ。どうしてこう、この男はトラブルの種を蒔きたがるのかと。こんな事をすれば、ガブリエルが挑発されることなどクリストファーには分かりきっているはずなのだ。でなければ、クリストファーが嘘を吐く理由がない。
「あなたの嘘は、分かりにくいんですよ……クリストファー。だから、ガブリエルには分からなくても……私には分かります。お願いですから、ご自分を憎まれ役になさるのは……もうやめてください」
高ぶった感情が流れ出て、ロランの頬を伝う。いつも仕事で傷の絶えなかったクリストファーとの付き合いは、この中の誰よりも長いロランだ。だからこそ、他の誰にも気づかれなくとも、ロランにはクリストファーの嘘がわかる。
今のクリストファーは、マイケルと出会う前の、自身の命にさえ執着していなかった頃に戻ってしまったかのような顔をしていた。
「あなたが、私のために離脱することを提案してくださったことは分かっています。ですが、ここでその優しさに甘えてしまったら、私は……きっと一生、自分を認められなくなってしまう……」
未だ動けずにいるガブリエルと、すぐ目の前に立つクリストファーの間に、ロランはへたりとくずおれた。ぽつぽつと、床に透明な雫が落ちる。
「許されるのなら、私はあなたの手元に残りたい……」
無意識に、ロランはクリストファーの脚へと手を伸ばしていた。
「……お前」
「お願いです、クリストファー。だからどうか、そんな顔をなさらないでください。私は、あなたにそんな顔をさせるためにファミリーに居るんじゃない……」
伸ばされた腕を掴み、クリストファーは軽々と引き上げた。グレーの瞳が、間近にロランを覗き込む。
「まったく。俺には自分を大事にしろとかあれだけ説教しておいて、お前はどうなんだ?」
「っ……私はただ、自身の血に誓った誓いを、破りたくなかっただけです……。これでも私は、ファミリーの一員なんですよ……」
「”これでも”は、余計だな。お前の覚悟を試すような真似をして悪かった」
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