Day.19

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「ぅるさい……、お前は少し、黙れ……」  青ざめた顔をしながらも、気丈に振る舞おうとするハーヴィーの手は、しっかりとロイクのジャケットの裾を握っていた。 「私の手を、離れたら……承知しないから、な……」 「それは、君を抱いたままならOKということかな?」 「……やってみろ……、二度とあなたとは寝ない……」 「それは、困ったね……」  困ったと眉根を寄せながらも、まったく困っていなさそうな口調のロイクは、ハーヴィーを抱き上げた。 「っ、ロイ……!」 「大丈夫。君が本気で嫌がることはしないと約束したろう?」  些かならず残念そうな顔でそう言って、ロイクはくるりと背中を向けた。 「今日は、ハーヴィーに免じて見逃してあげるよ、クリス。ガブリエルも、生意気な口は相手を選んで叩くことだね」  ちらりと向けられた視線だけで、ガブリエルの全身を悍ましいほどの恐怖が襲った。クリストファーの威圧とは、まったく質の違うそれは、紛れもない殺気だ。 「……っぐ」  恐怖に込み上げる凄まじい吐き気を堪え、思わず膝をついたガブリエルの腕からロランは投げ出された。 「ガブリエル!?」  ロランは、いったい何が起きたのか理解できないでいた。そもそもロイクが殺気を向けたのはガブリエルただ一人であって、ロランには向いていない。 「それじゃあ、僕は失礼するよ」  慌てるロランとガブリエルを嘲笑うかのように一瞥して、ロイクは優雅な足どりで会議室を出て行った。クリストファーが、溜息とともに僅かな警戒心を解く。 「まったく、野生動物でも相手に喧嘩する方がまだマシだ」  やれやれと首を振るクリストファーは、だがロランに呼ばれて振り向いた。 「っ、クリス……ガブリエルが……」 「殺気にアテられて動けないとはな。これはまた先が思いやられる」  とはいえど、相手がロイクならば仕方がないかとクリストファーは苦笑を漏らした。正直なところ、ファミリーの中でフリーファイトでもしたのなら、最強なのは間違いなくロイクだろう。クリストファーとフレデリックが二人掛かりでも、勝てるかどうか怪しいところだ。  ともあれガブリエルをどうにかしなければと、クリストファーは座り込んだ。 「生きてるか?」 「……ッ、……ぅッ」 「せめて呼吸くらいはまともにしたらどうだ?」  呆れたクリストファーの声が聞こえても、ガブリエルにはどうすることも出来なかった。呼吸の仕方は覚えていても、全身どころか臓器までもが恐怖に縛られたかのように動かない。 「仕方がないな。多少痛いが我慢しろよ」  そう言ってクリストファーは、立ち上がるなりガブリエルの背中を蹴り飛ばした。 「クリスッ!?」 「そう騒ぐなロラン、この程度で人は死なない」 「そんな……っ」  なす術もなく背中を蹴られ、無防備なまま床を転がったガブリエルは、壁に激突してせき込んだ。 「…………痛ぇ……ゲホッ」 「肋骨は?」 「ぅぅ……折れてない……」 「くくっ、命拾いできてよかったな」  あまりにも乱暴なやり方に睨むロランへと、クリストファーは肩を竦めてみせた。 「睨むなよ。助けてやっただろ?」 「……他に方法はなかったんですか?」 「ないな。だいたい、こんなものはAEDと大差ない」 「は?」 「痙攣してるんだよ、心臓が動かないんだ。医者なんだから分かるだろう」  面倒くさそうに手を振るクリストファーは、だが床に転がったガブリエルへと歩み寄ると、左手を差し出した。 「いい加減起きろ、いつまで寝てるつもりだ?」 「っ……どうも」  悔しさに低くなる声でガブリエルは言って、クリストファーの手を掴んだ。
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