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「修復できないと分かっているのに、君が不機嫌な僕のところにやってきた理由を聞こうか」
「仕事だよ。一度、フランスに戻って欲しい」
「わざわざそれだけを言いに来たわけじゃないんだろう?」
「まぁね」
部屋の中央に据えられたソファを素通りして、フレデリックはロイクの座る執務机へと腰かけた。もはや飾り物でしかないペン立てから抜き取ったペンを、指先でくるくると弄ぶ。
「キミに、もう一度ピノキオの鼻を折ってもらおうと思って」
「酷い父親だね」
「知っているとは思うけれど、僕たち以外に、あの子には勝てない敵がいないだろう?」
「それじゃあ駄目なのかな?」
「物足りない、かな」
「ふぅん? で、具体的には僕に何をさせたいのかな?」
「殺してくれる?」
さらりと告げられた言葉に、さすがにロイクも瞬きを返す。
「物理的に?」
「うん」
「本気で言ってる?」
「うん」
「やれやれ。息子を殺してくれなんて、君はいったい何を考えているんだい? フレッド」
ぎしりと椅子を軋ませて背凭れへと身を沈めるロイクへと、フレデリックは身を乗り出した。整えられた爪先が、ロイクの端正な頬を辿る。
「駄目?」
「要らなくなったオモチャは、早く処分したいと、そういう事かな?」
「僕の考えがどうであろうと、キミには断る権利がない。そうだろう?」
「どうかな。これはあくまでも君の個人的な頼みであって、ファミリーには関係がないように思えるけれど」
「つまり、キミの意見は反対という訳かな?」
「あの子を殺しても、僕には得るものがないからね」
それに……と、ロイクは言葉を続けた。
「クリスやヴァルと対等に渡り合える程度で君が満足してくれるなら、僕が面倒を見てあげても良い」
「期間は?」
「まあ、一年というところかな。もちろん、事故がないとは言い切れないけどね」
どうする? と、小首を傾げるロイクに、フレデリックは束の間思案する。
「一年というと、キミもガブも、船上での生活になるけれど?」
「だから都合が良いんじゃないか。表向きはどうあれ、実務はウィルにでも放り投げておけばいいよ」
ロイクの提案は、フレデリックにとっても良さげなものであるように思えた。一年というのなら、フレデリック自身も船上での生活は変わらない。もし何かが起きたとしても、どうとでもなるという事だ。
「じゃあ、そうしようかな」
フレデリックの態度はまるで、カフェでケーキを選ぶかのような気軽さだった。
「だいたいフレッド、ガブリエルより使える後継者がそう簡単に見つかるはずがないだろう? あの子は、君が見立てた通りの優秀な子だよ」
「そんな台詞で僕を持ち上げてるつもり?」
「まさか。僕は事実を言っているだけ。そもそもフレッド、君は、君がどうしてそんなに強いのか、その理由を知っているかい?」
「さあ。才能じゃないかな」
躊躇いもなくフレデリックが言えば、ロイクは小さく頷いた。
「そう、ある種の才能の差だよ。君や僕のように心を失くせるのは、間違いなく才能だ。けれど、ガブリエルにはそれがない」
「そうかな。その点については、ガブも結構いい線をいっていると思うけど」
「それは彼が君に追いつこうと模倣をしていた結果だね。表面上はどうあれ他人に無関心な君の真似をするのは、きっと苦労したんじゃないかな」
「彼が方向性を変えたのは、ロランのためだと思ってたんだけどな」
「人は、そう簡単に心を失くせないんだそうだ」
「それはガブが言ったの?」
「いや、ある男の受け売りだよ」
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