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肩を竦めるフレデリックに不穏な気配がないことを確認し、ハーヴィーは胸を撫で下ろした。この顔触れでは、いつ何が起きるか気が気でない。ガブリエルがこの場に居ない事が、せめてもの救いだろうか。部外者であるブルーノ医師が居ることも、ハーヴィーにとっては有り難かった。
「総支配人も、ご苦労様です」
「こちらこそ、部下が世話をかけてすまないな」
「とんでもない。これが仕事ですから。まあ、私らのような人間は、暇な方が平和で良いんですがね」
「まったくだな」
三人が言葉を交わすそのすぐ傍で、唐突にアレハンドロに繋がれた危機がけたたましい音を発する。看護師の悲鳴のような声が、ブルーノを呼んだ。
「先生!」
「アレハンドロッ!?」
「ッ! すぐに他の看護師を呼んできて! それからAEDをッ」
「はい!」
様子のおかしいアレハンドロへとハーヴィーが駆け寄る。ブルーノがすぐさま告げれば、看護師は慌てて処置室を出て行った。
「総支配人! どいてください!」
「っ、すまない」
「いったい何事かな?」
落ち着いた声で問い掛けるフレデリックへと、ブルーノは首を振った。
「カルテでは心臓系の持病はなかったはずですが」
「そう。出来る限りの処置をお願いできるかな」
「勿論ですキャプテン」
先ほど出て行った看護師が戻り、室内が俄かに騒がしくなる。その横で、立ち尽くすハーヴィーの腰をふわりと逞しい腕が引き寄せた。
「ロイ……」
ロイクを見上げた瞬間、ハーヴィーの視線は釘づけにされた。
凍てつくほど冷たい視線が、アレハンドロを映し出していた。
ブルーノの手で電気ショックを与えられたアレハンドロの躰が、大袈裟なほど大きく跳ねる。いくら有事の際のために講習を受けていると言っても、顔見知りの部下が相手となればハーヴィーとて平静ではいられなかった。
「今は、ブルーノに任せようじゃないか」
「ッ! まさか……」
「約束通り、僕は彼に指一本たりとも触れてはいないよ」
「っ……!」
嘘だと言い切るための確信を、ハーヴィーは何ひとつ持たなかった。処置室には、ブルーノも看護師も居た。それに、ハーヴィー自身も。ロイクが不穏な動きをすれば、誰かが気付いたはずだ。だが、誰一人としてロイクに意識を向けたものはいない。
けれどもハーヴィーには、ロイクの視線がすべてを語っているような気がしてならなかったのだ。
「……ロイ…!」
「無駄だよ」
ロイクの胸元を掴み、絞り出すような声をあげるハーヴィーへと応えたのは、フレデリックだった。騒がしい処置室の中で、ハーヴィーやフレデリックに意識を向ける余裕のある者はいない。
「フレッド……」
「彼は助からない」
「そんな……っ」
「おいで、ハーヴィー。キミは、ここに居ない方が良い」
腕を掴む手を振り払おうとしても、フレデリックの手はびくともしなかった。強引に処置室から連れ出される。
「フレッド!」
「ねえハーヴィー。キミは、ロイがそういう人間だと知っていたはずだね。自分は人殺しだと、彼に教えられなかった?」
「ッ……」
「というか、予想はできていただろう?」
フレデリックに返す言葉を、ハーヴィーは持たなかった。
「そう、だな。……取り乱してすまなかった」
たとえロイクがアレハンドロを殺したのだとしても、誰一人としてそれを証言できる者はいない。それは、ハーヴィー自身も。
急性の心疾患による不運な死。ただ、それだけの事だった。
ハーヴィーは、静かに唇を噛み締めた。フレデリックの言う通り、ロイクが、もしくはフレデリックが、アレハンドロに何かをするのではないかという予感はあった。だからこそ、ハーヴィーは自らメディカルセンターへと足を運んだのではなかったか。
いつの間にか、騒がしかった室内の気配が静まり返っている事にハーヴィーは気付かなかった。気付いたのは、ブルーノが処置室から出てきたからに他ならない。
「アレハンドロは……」
「……残念ですが…」
「…………そうか」
「至急、診断書と死亡報告書をまとめて本社へと送ります」
ブルーノは、フレデリックへとそう事務的に告げてその場を後にした。処置室では、残った看護師たちがアレハンドロの遺体を保管するための作業に取り掛かっていた。
目に映るすべてが、ハーヴィーには現実味のない映像のようだった。
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