Day.21

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 軽く肩を竦めて部屋の中へと戻るロイクを、ガブリエルは追った。ソファに座るハーヴィーの姿に、ガブリエルの眉が僅かにあがる。 「私の事は気にしなくていい」  ほんの僅かな間、考え込むそぶりを見せたものの、ガブリエルは視線をロイクへと戻した。 「アレハンドロの事だけど。何であんたが手出しするんだよ」 「僕が何かをしたという証拠でもあるのかな?」 「誤魔化すなよ。それ以外に考えられないだろ」  どうやらガブリエルもまた、アレハンドロの死にはロイクが関わっていると思っているようだった。 「いったい何を根拠に僕がアレハンドロを処分したというんだい?」 「部屋に居たのは五人だろ。あんたと父上、そこのハーヴィーと、医者と看護師だ」 「まあ、そうだね」 「あんたと父上、どちらにもアレハンドロを処分する理由はあったはずだろ。そんな状況で何の持病もない人間が急死するなんて、疑うなっていう方が無理な話だ」 「それで? 君のその推論が事実だったとして、君はいったい何をそんなに怒っているのかな?」 「はあ? 俺にはイギリスに着くまで我慢しろとか、偉そうに言ってた張本人が横から獲物攫ってったんだぞ。誰だって腹が立つだろ」 「つまり君は、僕に獲物を横取りされたから怒っていると、そういう事かな」 「ああそうだよ!」  ガブリエルとて、ロランを怯えさせたアレハンドロは、自らの手で殺してやりたいほどの相手だったのだろう。 「君が怒るのも分かるけれど、状況が変わってしまったんだから仕方がないね」 「だから、その状況ってのを説明してくれよ。そうじゃなきゃ納得できないだろ」 「説明も何も、君自身がさっき言ってたじゃないか。僕とフレッド、どちらにとってもアレハンドロは不要だった、とね。それが答えだよ」 「ッ……だったら、せめて一言くらい言ってくれても良かっただろ」 「君に? 僕が?」  ロイクは、いったい何の(よし)があるのだと、そう言わんばかりの態度でガブリエルへと首を傾げてみせた。 「まあ、百歩譲って君の獲物を横取りしてしまった事は謝ってあげてもいい。けど、そんなつまらない事で腹を立ててる暇は、残念だけど君にはないんだよね」  にこりと、それはもうフレデリックにそっくりな顔で微笑むロイクの姿に、不穏な空気を感じ取ったガブリエルは思わずたじろいだ。 「いったい何の話だよ……」 「君の教育係を引き受けたんだ。これから一年間、よろしくね?」 「は?」  思いもよらないロイクの言葉に、驚きを隠せなかったのは何もガブリエルだけではなかった。ソファで置物のように黙り込んでいたハーヴィーもまた、思わずロイクを凝視していた。 「本気か?」 「ああ、そういえば、君にもまだ話していなかったね」 「それは、まぁいいんだが……」  うっかり口を挟んでしまったハーヴィーは、自分とは対照的に固まってしまったガブリエルへと視線を向けた。 「ガブリエル? 大丈夫か?」 「いや。は? え? 冗談だろ?」 「僕がそんなつまらない冗談を言うとでも?」 「……マジかよ…」 「一年で君を、クリスと互角程度まで叩き上げる」  ガブリエルが息を呑む。きっぱりと宣言するロイクは、冗談を言っているようには見えなかった。 「はっきり言って、君が僕やフレッドと並ぶことは不可能だよ。けど、クリスやヴァルと肩を並べる程度なら、不可能じゃないと僕が保証してあげる。どう?」 「どう……って、俺に拒否権ないだろそれ」 「拒否権なんてとんでもない。君が、僕のもとに乗り込んできた無礼を詫びるなら、という話だよ」 「ッ……」 「ロイ……、それはあまりにも意地が悪いぞ」 「生意気な子には、最初の躾が肝心だからね」  くすくすと声をあげて笑うロイクを、ハーヴィーが呆れた顔で見遣った事は言うまでもない。本当に、この男は性格がねじ曲がっていると、そう思う。 「さあガブリエル、君の返事を聞かせてくれる?」 「っ……」 「なんて、ね。これ以上君を苛めたらハーヴィーに嫌われてしまいそうだし、君の獲物を横取りしてしまったお詫びという事でどうかな」 「本気かよ……」 「まあ、フランスに一人残るのなんて御免だし、かといって船での仕事はつまらないし、ちょっとした暇潰しだよ。たとえ僕には暇潰しでも、君にとってマイナスにはならないだろう?」  獲物を横取りされ、勢いよく乗り込んだものの、話しが妙な方向へと転がってしまったガブリエルは、ただ茫然とロイクを見つめる事しか出来なかった。
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