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クリストファーが言えば、会場内のあちらこちらから盛大な野次が飛ぶ。
「おいクリス、お前の見解の方が俺は興味があるぞ」
「お前こそマイクの認識をちゃんと確認しておけよ」
そこかしこから上がる声に、クリストファーは天を仰いだ。
「勘弁してくれ。ミシェルと付き合ってからは他の奴とキスのひとつもしていないってのにこの有様だ」
大袈裟に嘆くクリストファーではあったが、返ってきたのは”自業自得”という四字熟語と、愛に溢れた家族たちの笑い声である。
「我らディーラー、キングの惚気も聞けたところで、主役のふたりの意見を是非とも聞こうじゃないか」
MCの軌道修正に、会場内の視線がガブリエルとロランに集中する。
「浮気、ですか……」
小さく呟いたロランが隣を見れば、ガブリエルとばっちり視線が絡み合う。
「ロランからどうぞ」
「そう、ですね……、あまり考えた事はないのですが、躰の関係を持つこと……でしょうか」
「なるほどなるほど。さすがロラン医師、キスを許せるのは大人の余裕か!?」
「ぁ、そういう訳では……なく……」
ざわりと騒めく室内に、ロランの言い訳は掻き消された。やがてざわめきが落ち着いたのを見計らって、ガブリエルは朗らかに笑った。
「キスくらいは挨拶でもするしね。俺も、ロランと同じ感じの認識でいるよ。まあでも、俺の恋人だって知った上でロランにキスする奴がいたら、誰であろうと許さないけどね」
「っ、ガブリエル……」
慌てて袖を引くロランにだが、ガブリエルは相変わらず朗らかに笑うだけだった。会場はといえば、ガブリエルの意外な嫉妬深さに盛り上がりを見せる一方である。
思ったほどの際どい質問をされることもなく、時間は過ぎて行った。それでも、人前に出ることになど慣れていないロランは既に些か胸焼け気味である。口許に浮かべた笑みが、僅かに引き攣っているように見えなくもない。
「大丈夫?」
「ガブリエル……」
「無理して愛想笑いはしなくていいよ。ロランは、真面目な顔も似合うからね」
騒がしい会場には聞こえないであろうボリュームで囁いて、ガブリエルは握った手へときゅっと力を込めた。
そろそろ挙手をする者も少なくなりはじめたその時、随分と高い位置に上がった手にガブリエルとロラン、MCの視線が同時に動く。
何を隠そう、手をあげたのはロイクだ。ガブリエルと同じくセキュリティー部門に所属するロイクを、MCが指名しない訳もない。指名を受け、立ち上がったロイクを隣のハーヴィーが不安げな表情で見上げていた。
「セキュリティー統括、ロイクだ」
目立つ容姿をしていながら、あまり執務室から出ることのないロイクがこういった場所に顔を見せるのはクルーにとって珍しく感じるのだろう。ざわめきが、ひと際大きくなる。いったいどんな質問を投げかけるのかと、期待の眼差しがロイクへと集中した。
実際、容姿とは関係なく目立つことを好まないロイクではあるが、クルーたちの前ではある程度の猫を被っておくのも仕事のうちだ。そうでなくとも、セキュリティーの面々は怖がられることが多い。
「そう、期待されても困るんだけどな……」
普段の傍若無人なロイクからは想像もできないほど柔和な笑みを浮かべ、ロイクは蟀谷をぽりぽりと掻いた。その姿に、キャプテンにそっくりだと室内が和む。
「そうだなぁ、どちらも、元から同性が恋愛対象だった? それとも、同性に恋をする何かが、二人の間にあったのかな?」
様々な国籍を持つ人々が働く船内で、パートナーが同性というのはあまり珍しい事ではない。それでも、性別に関する内容は、興味はあっても聞きにくい質問である事は確かだろう。だがしかし、何の躊躇いも、含むところもなくロイクの質問はごく自然にガブリエルとロランへと向けられた。
集中するクルーたちの視線を臆することなく受け止めて、ガブリエルが口を開く。
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