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「俺は、年上と付き合うことは元から多かったけれど、同性を好きになったのは、実はロランが初めてなんだよね。正直なところ、自分が同性に恋愛感情を抱くことがあるとは思ってもいなかったから、最初は戸惑いもあったかな」
「僕が言うのもなんだけれど、君は女性クルーに人気があるだろう? 気持ちが揺れる事はないのかな?」
質問を重ねるロイクが、先代のクイーン・オブ・ザ・シーズでは現在ガブリエルとロランの座る場所にハーヴィーと着席していた過去を知る者は、今のクルーにはそう多くないだろう。なにせ、船を降りてから随分と時が経過している。
セキュリティー部門は他部署と違い、性質上過度に目立つことを避けている。働くクルーの人数も多いだけに、部署が違えば顔を合わせた事もないというスタッフは当然多いが、比較的に他部署間の交流が多いクイーン・オブ・ザ・シーズの中でもセキュリティーだけは何故かこういった場所にも顔を出さない事で有名である。
クルーたちの視線が、ロイクとガブリエルの間を行き交う。
「ないね。女性はみんな可愛いと思うけど、ロランに対する感情とは別物だよ。まあ、博愛主義なのは否定しないけどね」
「では、ロラン医師は?」
「私は……、どちらかというと同性とのお付き合いが多かったです、ね……」
さすがに、プライベートを暴露することに憚りを覚え、ロランは俯き加減に応えた。が、そんなロランの耳に飛び込んできたのは、女性の甲高い歓声だったのである。
「っ……?」
思わず顔を上げたロランの目に飛び込んだのは、キャーキャーと楽しそうに笑い合う女性たちの姿だった。
「あの、……何事でしょうか…?」
「うーん、この船にも結構いるんだなぁ……」
しみじみとした声で呟くガブリエルの袖を、ロランはおずおずと引いた。
「どういう事ですか…?」
「なんていうか、同性愛に好意的な女性ってことかな」
「好意的、ですか……」
確かに、クルーの中には同性をパートナーにしている者も少なくはない。なにせキャプテンのフレデリックからしてパートナーが辰巳である事を隠していないのだから当然なのだが。
「まあ、確実にネタにされてるだろうけど……」
ポツリと呟かれたガブリエルの声は、幸いロランの耳には入らなかった。
ともあれ、ロイクが大人しく席に着いたことで、今度こそガブリエルとロランは小さく息を吐いた。隣から聞こえてきた溜息に、互いに顔を見合わせる。
「安心した?」
「はい」
「俺も」
これで大方、身内の質問は片付いたはずである。フレデリックと違って、辰巳はこういった場所で目立つことをする性格ではなかったし、目立たない部屋の端に陣取っているシルヴァンとウィリアムにも、手をあげる気配はない。
「せめてもの救いは、これがクルーだけの騒ぎだってことだよね」
「そうですね……」
まさか、世界一と名高い豪華客船の裏側で、クルーたちがこんなくだらないお祭り騒ぎをしているとはだれも思うまい。それに、この上ヴァレリーやイヴォンまで参加していたらと思うと何を聞かれるか知れたものではない。
ちらりと時計に視線を遣れば、いつの間にか一時間以上の時が経過している。
「ほんと、この船のクルーは仲が良くて困るよね」
「話しには聞いていましたが、実際にこんな事になるとは思いませんでした」
「まあでも、これでロランと俺は、晴れて家族公認の仲という訳だね」
「そう……ですね…」
改めて言われると、どうにも照れくさいロランは困ったような笑みをその顔に浮かべた。
「もう、逃がさないからな」
少しだけ意地の悪そうな笑を浮かべるガブリエルに、ロランは僅かに赤くなった顔を俯けた。
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