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どうにか質問の嵐を潜り抜け、ようやく解放されたふたりは会議室を出たところでフレデリックに呼び止められた。そのすぐ後ろに、辰巳の姿もある。
「ちょっと、良いかな」
足を止めたガブリエルとロランが終日待機である事は、勝手にスケジュールをいじった張本人であるフレデリックが知らないはずもない。
「何ですか? 父上」
「この後、食事でもどうかと思ってね」
にこやかに告げるフレデリックがこの上なく胡散臭く見えたのは、どうやらガブリエルだけではなかったらしい。辰巳の呆れたような視線が金色の頭の上に固定されている。
「私は構いませんが」
「そ?」
ロランが構わないと言うのなら、ガブリエルに反対する理由はない。素直に頷くガブリエルに、フレデリックは満足げに微笑んだ。
◇ ◇ ◇
フレデリックがガブリエルとロランを連れて向かった先は、他でもない辰巳の滞在する部屋だった。
広いメインルームに続くダイニングには、大きな十人掛けのテーブル。一人旅というには豪華すぎるその部屋は、もちろんフレデリックが手配したものだ。
「知ってはいたけど、こんな部屋に滞在できるなんて親父が少し羨ましくなっちゃうな」
半ば本音で告げるガブリエルである。クルー用の船室が劣悪な訳ではない。何せエンジン音を除けば、下手なビジネスホテルなどよりよほど居心地が良いだろう。だが、客室と比べれば雲泥の差があることは確かだ。
「なんなら泊まりに来るか? 部屋なら余ってっからな」
「親父の申し出はとても魅力的だけれど、それって、父上に寝首を掻かれるのがオチだよね」
遠慮しますと、殊勝げに辞退するガブリエルに辰巳が苦笑を漏らしたことは言うまでもない。
と、そんな遣り取りをしていれば、部屋にノックの音が響く。どうやらガブリエルとロランの他にも、招待客が居たらしい。
すぐさま対応に出るフレデリックとは対照的に、大きなソファへと腰を下ろした辰巳は、勧めるように軽く顎を動かした。
「失礼します」
短く告げて腰を下ろすロランの隣に、ガブリエルもまた腰を落ち着ける。
「親父とこうしてゆっくり話すのは、日本以来かな」
「そうかもな。つっても、お前が日本に居た時もそう話しちゃいねぇだろ」
「あの時はまさか、誰も知らない家に放り込まれるとは思ってなかったよね」
そう、十八の年に留学という名目でフレデリックとともに日本へと渡ったガブリエルは、日本語など全く話せもしないというのに辰巳の本宅へと放り込まれたのである。英語をまともに話せる人間もほぼいない環境に、だ。
「ガブリエルは、元々日本語を勉強されていたんですか?」
「いや全然。さすがに話が通じないのは困るから、あの時は必至に勉強したよ。親父と会ったのもその時が初めてだったし、日本に行くことになったのも、突然だったしね」
「そうだったんですか……、大変でしたね」
「まあ、勉強は嫌いじゃないし、結構楽しかったよ」
そんな遣り取りをしていれば、フレデリックが部屋へと戻ってくる。その後ろには、随分と賑やかな顔ぶれが見てとれた。
「これはこれは、また豪華な顔ぶれで……」
些か呆れたようにガブリエルが言ったのも仕方のない事だっただろうか。何せフレデリックに続いて部屋に入ってきたのは、クリストファーにマイケル、ロイクにハーヴィー、そして、ヴァレリーとイヴォンという面々だ。ずいぶんと賑やかな食事会になりそうだった。
「いったいこれから、何を始めようというのかな?」
集まった顔触れに、ガブリエルがわざとらしく首を傾げるのも頷ける。
「何って、食事だって言ったじゃないか」
平然と答えるフレデリックの視線が、すっとマイケルへと滑る。その意味を、ガブリエルは即座に理解した。些かならず面子は物騒だが、マイケルが居る以上、フレデリックの言う通りこれはただの食事会なのだろう。クリストファーが仕事の絡む場所にマイケルを連れてくる事はない。
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