223人が本棚に入れています
本棚に追加
ステージに姿を現したのは、クイーン・オブ・ザ・シーズⅡのクルーたちだった。彼らが指定された立ち位置へと到達するのも待ちきれず、眩いばかりにフラッシュが明滅する。シャッター音と歓声が入り交じり、サウサンプトンの港はさながら祭りのようだ。
船のすぐ間近で行われる出航セレモニーの音声は、辰巳とクリストファーの耳にもはっきりと届いた。
世界一の豪華客船の名を受け継いだ船の処女航海、その出航を一目見ようと集まった人々の熱狂とは裏腹に、至極落ち着いた声音の司会者がクルーを紹介していく。
キャプテンであるフレデリックの名前が呼ばれた瞬間、人々の間から黄色い歓声が上がったのには苦笑を禁じえない辰巳である。そんな辰巳の心持など知ってか知らずか、ファンサービスよろしく片手をあげて笑みを振りまくフレデリックの姿が見える。
「アイドルかなんかかよ……」
「まあ、客商売なんて似たようなものだろう」
「そんなもんかねぇ」
「嫉妬でもしてやれば喜ぶんじゃないのか?」
「勘弁しろよ。浮かれでもしたら手に負えねぇ」
渋い顔をする辰巳を、クリストファーは鼻で嗤い飛ばした。
続く隣には、マイケル・オリヴァーの姿があった。チーフ・オフィサーという肩書を持つ彼は、アメリカとイタリア、二つの国籍を持つ。真面目な顔立ちに頼もし気な笑みを浮かべるマイケルは、クルーからの信頼も厚い。否、自由気ままなフレデリックを支える立場として、マイケルほど頼りになる男はいないだろう。
真面目な顔とは裏腹に、たまに見せるはにかんだような笑顔が魅力的だとコアなファンがいるというマイケルは、何を隠そうクリストファーの恋人であった。
マイケルもまた、歓声に応えるように片手をあげて男前な笑みを浮かべている。
「お前こそ嫉妬してやれよ」
「してるさ。何せうちの王子は男前だからな」
あっさりと肯定してみせるクリストファーの口許には、それはもう楽しそうな笑みが浮かんでいた。
続いて紹介されたハーヴィー・エドワーズもまた、二人の知る男だ。肩書は、ホテル部門総支配人。彫りの深い顔立ちに穏やかな笑みを浮かべるハーヴィーは、怖ろしく姿勢が良い生粋のブリティッシュである。
先代のクイーン・オブ・ザ・シーズを一度降りたものの、今回のクイーン・オブ・ザ・シーズⅡ就航にあたり、期間限定で呼び戻された経緯がある。それというのも、ハーヴィーにもまた乗客の中に多くのファンがいるのだという。
ハーヴィーに続き、セキュリティーの責任者として紹介されたのはロイク・ヴァシュレ。こちらもまた、二人には馴染みの深い顔である。
フレデリックとよく似た金髪碧眼。僅かにフレデリックよりも高い身長は百九十四センチ。フレデリックは誤差だと言い張っているが、それが嫉妬と僻みに満ちている事は想像に難くない。
顔立ちから躰つきまでそっくりなフレデリックとロイクだが、その関係はといえば水と油そのものである。
そして、ロイクとハーヴィーもまた恋人同士だ。
「おいおい、大丈夫かよこの船」
ステージに並んだ面々を眺め、面白半分、呆れ半分に辰巳が笑えばクリストファーもまた可笑しそうに笑う。
「何の事だ?」
最初のコメントを投稿しよう!