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ブーケまで用意されている事には驚くが、クリストファーの言う通り、これは祭りなのだろう。カウントダウンの声は、減っていく数とは対照的に次第に大きくなっていった。「ゼロ!」と、人々の声に合わせるように、長い汽笛が腹の底を揺さぶる。同時に、船のそこかしこから色とりどりのブーケが人々に向かって宙を舞った。
辰巳とクリストファーの手からもまた、カラフルなブーケが宙へと放物線を描く。
「おーおー、派手なもんだな」
いつの間にフレデリックはブリッジへと移動したのだろうか。辰巳にはわからなかったが、ゆっくりと巨体が桟橋を離れる。その間も人々は手を振り続けていた。
クイーン・オブ・ザ・シーズⅡは、その優美な姿を人々に見せつけるかのように狭い湾内で船体を百八十度回頭させた。
操船の技術などというものにはまったく知識のない辰巳ではあるが、狭い湾内で回頭するこの時だけは、いつも感心を覚える。以前フレデリックに連れられて覗いたブリッジで示された舵をきるための操舵輪は、ほんの片手に納まるような大きさで、辰巳は驚いたものである。
思わず感嘆の息を漏らす辰巳の肩に、クリストファーの腕が掛かる。愉しげな声が耳朶を叩いた。
「嫁が恋しいって顔をしてるぞ」
「あぁん?」
「行くか」
言うが早いか、クリストファーは辰巳の肩を抱いたまま部屋へと入ってしまった。半ば引き摺られるようなかたちながらも、肩に掛けられた腕を振り解くことは辰巳には不可能だ。
「危ねぇだろぅが」
「はん? 支えてやってるだろう」
いくら抗議の声をあげようとも、クリストファーはどこ吹く風である。ようやく体勢を立て直し、クリストファーの歩調に合わせた辰巳がその眉間に深い皺を刻んだことは言うまでもない。
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