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Day.1
その日、サウサンプトンの港は世界各地から訪れた人々で埋め尽くされていた。これから処女航海へと出航する新造船『クイーン・オブ・ザ・シーズ2世』。その姿を一目見ようとやってきた人々は、その優美な客船に皆一様に息を呑んだ。名実ともに世界一と名高い客船クイーン・オブ・ザ・シーズが、長年にわたる常連客や母港であるサウサンプトンの人々に惜しまれながらも最後の航海を終えたのは、半年ほど前の事だ。
新しい船の就航がクラシック・ライン社より発表されたのは、ちょうど一週間前。処女航海のチケットは、招待客のみというまさにプラチナ・チケットである。
たった一週間だというのに、以降の乗船チケットの予約は数年先まで埋まり、世界中から集まった人々の数がこの船の注目度を否応なく示していた。最新のシステムを取り入れた新造船でありながら、初代の姿をそのまま受け継いだ船は、当然メディアでも注目の的である。
プレス用に設けられたスペースにずらりと並んだカメラが、出航セレモニーの開始を今か今かと待ち構えていた。
◇ ◆ ◇
けして大きくはない港に集まった人々の姿を船室のバルコニーから眺め、明らかに東洋人と分かる男は煙草を咥えた口許を可笑しそうに歪めて呟いた。
「すげぇな」
世間で騒がれている新造船クイーン・オブ・ザ・シーズⅡ。その処女航海のプラチナ・チケットの一枚を、難なく手に入れた男の名は辰巳一意という。
右頬にうっすらと残る傷跡のおかげで些か強面な感は否めないが、日本人にしては彫りの深い顔立ちは整っている。否、”日本人にしては”というのであれば、デッキチェアへと預けた百八十八センチという身長をもつ体躯とてそうだろう。いやむしろ、体躯にせよ艶やかな黒髪にせよ、四十もとうに過ぎた年齢と人が聞けば驚くだろう程に若々しい。
「ねえ辰巳?」
「ああ?」
「おかしなところはないかな」
些かならず面倒そうな声音とともに振り返った辰巳の視線の先で、船室へと続く窓際に立っていたのは、この船のキャプテン、フレデリック・ヴァンサンであった。辰巳と同じ年齢ながら、辰巳に輪をかけて若々しい相貌の持ち主である。
天然物の金髪碧眼。色白なわりに脆弱さを一切感じさせないバランスの取れた体躯。百九十一センチの長身に纏った純白の制服は、袖に入った四本のラインがキャプテンである事を明確に示している。
混乱を避けるため、特別な航海の招待客たちは先だって乗船を終えていた。が、そんな特別な乗客たちの中にあって、出航セレモニーも直前にキャプテンがゲストの船室にいるなどという更に異質な事態が起きている事など、クルーの一部を除く誰も知る由はない。
「ねぇよ」
「そう?」
不安そうな声音とは裏腹に、フレデリックの表情はとても穏やかな笑みに彩られている。
「それよかこんな所でいつまで油売ってんだお前」
「時間が許す限り」
さらりと宣う姿が無駄に様になっている。そんなフレデリックに思わず見惚れそうになりながらも、辰巳は煙草を揉み消して立ち上がった。バルコニーへと出てこようとするフレデリックの肩を、些か無骨な手が押し留める。
「それ以上出てくんな」
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