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うだるような暑い教室での三者面談で、教師は一学期の大地の成績が上がっていることを褒めた。蝉がうるさく鳴くなか、白い顔をした母がことさら満足げに笑う。
「高橋くんはよく頑張っていますよ、毎朝誰よりも早くに教室で勉強をして、他の生徒も見習ってもらわないと」
「そうなんです、この子ったら、私よりも早くに起きて自分のお弁当まで作って、本当に良い子なんです」
「母さん、やめてよ」
「あら、いいじゃない、本当のことなんだから」
母は退院してから初めての外出なので、大地はいつ母が倒れやしないか気が気ではなかった。そんな大地の心配をよそに、母は教師から大地の話を聞き出そうとする。教師もそんな母に気を遣ったのか、大地が文化祭の実行委員に立候補したことを評価した。選ばれなかったから黙っていてほしかったけれども、母は教室を出るまで誇らしげに笑みを絶やさなかった。
廊下で次を待っていた裕貴と彼の父と顔を合わせた。どしんとパイプ椅子に座っていた彼らは姿がそっくりで、さすが親子だなと微笑ましく思えた。
「あらあら、宮川さん、お久しぶりです」
母が頭を下げると、宮川の父が仰々しく礼をした。大人の二人を横目に、裕貴が大地の肩に腕を回してくる。
「大地、応援に来てくれるだろう」
甲子園のことだろう。
「うん、絶対に行くよ」
隠し事をしているみたいに額を合わせながら、裕貴は声を潜める。
「優勝を狙ってるから、今年の夏は遊んでやれない、寂しがるなよ」
中学で出会ってから、夏になると、近所にある裕貴の家に泊まりに行く。朝から夕方まで野球に明け暮れている裕貴の帰りを見計らい、大地は自宅で夕飯を済まして宮川家に遊びに行く。録画したプロ野球の試合を何度も見たり、寝相の悪い裕貴に押しつぶされたりして、二人で布団を並べていくつもの夜を共にした。兄弟のいない大地にとって裕貴は、数ヶ月だけ年上の兄のようだった。
「うん」
自分でも驚くほどか細い声だった。来年以降も無理だろうな、と考えるだけで寂しい。裕貴はプロを目指しているからだ。
「まじでかわいいな」
裕貴がうわずった声を漏らす。
「からかうなよ」
太輝が身をよじると腰を抱かれる。体育会系は、こうもスキンシップが激しいものだろうか。
「裕貴、呼ばれたぞ」
宮川の父が教室に入ってゆく。
「んじゃ、応援席で見ていろよな、お前がいたら楽勝だわ」
体を離した裕貴は、真面目な顔をして大地を指さす。まるで勝利宣言みたいだった。その夏、野球部は甲子園で準優勝し、三年で見事に甲子園優勝した。現実の出来事だとは到底思えない展開に周囲が熱狂する。その裏で大地は、三年で別のクラスになった悠成との関係を深めてゆく。
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