土の楽園で会いましょう

12/31
89人が本棚に入れています
本棚に追加
/32ページ
「え? どっからどう見たって俺じゃない? サウィンだよ。忘れちゃったの?」 「さっきの、竜は」 「俺だけど。森の民――竜族だって言ってなかったっけ?」  森の民とは特殊な部族のことではなかったらしい。竜だなんて聞いていないし、言われたとしても信じなかっただろう。  けれど、妙に納得してしまった。  サウィンがずれているのは、言い換えれば浮世離れしているということだ。そもそも人間でないというならばなんの不思議もない。  思い返せばおかしなことはいくつもあった。出会ってしばらくの間、サウィンは食事をとっていなかったのに、腹を空かせる様子もなかった。「なんかウルド大きくなった?」と首を傾げた次の日に、ようやく追いついたはずの背をひとまわり抜かれているなんてことが何度もあった。片手でウルドをぶん投げるほどのサウィンの馬鹿力は人間業ではないと思っていたが、本当に人間ではなかったというのなら納得だ。  言葉を失うウルドを見て何を思ったのか、サウィンはひとりでうんうんと頷き始めた。   「あっ、なるほど。顔を変えるの忘れてた。だから分かんないのか」 「顔とか、そういう問題じゃないだろうが……。馬鹿サウィン……」    神様みたいなサウィンの姿が、目の前でごくごく平凡な男に変わっていく。見慣れた友の姿を見た途端、なんだかひどく疲れてしまった。倒れそうになったけれど、サウィンがウルドをがっちりと抱きかかえているせいで気絶することもできない。  焼け野原に立つのはウルドとサウィンのふたりだけ。あとは運よくウルドの後方にいた自軍の数人だけが被害を免れうずくまっている。焼け野原を前にして、サウィンはウルドの脇に手を入れ、それはそれは嬉しそうに抱き上げた。 「ウルド。ウルド。ようやく会えたね」     サウィンはウルドを抱き上げたままくるくると回る。久しぶりに会うとこの独特なテンションについていけない。 「やめろ。下ろせ」 「やだよ。ああ、ウルドだ! ちょっと痩せた? どうして森に来ないのさ。まだ家、完成してなかったのに、どうして作りにこないの」 「……忙しかったんだよ。四六時中穴掘りできるお前と一緒にするな」  最期に会えたら言おうと思っていたことがいくつもあったのに、何を言いたかったのかも忘れてしまった。ぺしぺしと腕を叩いてようやく地面に降ろしてもらったときには、目がすっかり回ってしまい、ひとりで立つこともできなかった。  サウィンの腹を殴るついでに、ウルドは寄りかかるようにサウィンに抱き着いた。土と緑の香り。森の香りだ。懐かしい自然の香りを胸いっぱいに吸い込み、堪能する。  焼け焦げた周囲の光景を直視するのが怖くて、ウルドはサウィンの肩に深く顔を埋めた。 「お前、本当に馬鹿だよな」 「だから、賢いって何度も言ってるのに!」  「馬鹿だよ。帰れって言ったのはお前のくせして、なんで来るんだよ。こんな……、こんな、神様みたいなことしてさ」 「帰れなんて言ってない。一回帰って、また来たらいいって言ったんだ」 「言ってねえよ馬鹿」 「そうだっけ? とにかく、俺、ウルドのこと毎日待ってたんだよ。しばらく来ないから気になって、来ちゃった! 戦のせいで来られなかったなら、もう問題ないよね?」  人も国も、全部なくなっちゃったもんね。  そう言ってけらけらと笑う顔には愛嬌があるが、この地獄のような光景を作り出した張本人だと思うと、かわいらしさよりも恐怖が勝る。なんて自分勝手なやつだと乾いた笑いが漏れた。
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!