土の楽園で会いましょう

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「……俺は、死ぬはずだったのに。民のために、そうしなくちゃいけなかった。出来損ないの王にできることなんて、それくらいだったのに。馬鹿野郎」 「駄目。許さないよ、そんなの」 「なんでお前に許してもらわなくちゃならないんだ。わがままサウィン」 「だってウルドは俺のものだから。大丈夫だよ、民がいなければ王じゃない。敵も味方もなくなれば戦は起きない。ほら、解決だ。怖いことなんて何にもないよ。ウルド」  ぎゅう、と背にまわった腕に力がこもる。口調こそ軽いが、笑みの消えたサウィンの目は、ひたすらに怖かった。同じ言葉を話しているのに通じていない。それを恐ろしいと思うのに、サウィンがウルドに執着じみた情を向けてくれたことを、嬉しいと思ってしまった。   「……お前、血が嫌いなんじゃなかったのか」 「嫌いっていうか、血肉は女神に禁じられてるからね。昔、手当たりしだいに狩りすぎたせいで竜以外いなくなっちゃって、ずいぶんあのおばさんも怒ってたからさあ。血を見ると嫌な気分になるように嫌がらせされちゃったんだよ。……まあ、血は出してないし、いいんじゃない?」  まさかとは思うが創世の女神のことを言っているのだろうか。神をおばさん呼ばわりするこいつは一体なんなのか。めまいがしたが、ウルドは己の心の平穏のため、聞かなかったことにした。  ぎゅうぎゅうと馬鹿力で締め付けてくるサウィンの腕をなんとか押しのけ、ウルドはサウィンに背を向ける。「どこに行くの?」とサウィンは不思議そうに問いかけた。 「用ならもうないでしょ? 城なら燃やしたよ。ウルドの家、なくなっちゃったね」 「もともとあれを家だと思ったことはない」 「じゃあなんで人の国(そっち)に行くのさ」  ぶーぶーとかわいこぶってブーイングを飛ばすサウィンは、ウルドが自分についてくると信じて疑っていないようだった。 「やることがあるからだよ」 「家づくりより楽しいこと?」 「楽しくないよ。楽しいことができるように、始末をつけなきゃいけないんだ。どこかの馬鹿が全部燃やしちゃったから、きっと民は困ってる。ただでさえ、こんなどうしようもない馬鹿が王になったせいで、ぼろぼろだったのにさ。ひとりでも民がいるなら、出来損ないだろうと俺だって王だ。せめて落ち着くまでは、指揮をとらないと」 「えええ……、せっかく迎えに来たのにー」  その拗ねた声がまるきり記憶の中の声と変わらないものだから、ウルドは思わず吹き出してしまった。迷ったあげくに足を止め、サウィンの前まで引き返す。ウルドに合わせて調整したのか、サウィンの目線はぴったりウルドと同じ高さだった。 「片付けたら、ちゃんと帰るから。もう少しだけ待っててくれよ、サウィン。お前と一緒に住んだ家が、俺の家だ」  きっぱりと宣言すれば、にへりとサウィンは笑み崩れた。 「うん、それならいいよ。あっ、ウルドの家族は俺だからね。今度はちゃんと戻ってきてね」  邪気のない笑顔につられて笑う。懐かしくて、子どものころに戻ったようだった。胸が詰まって、言葉が出ない。気が付けば、ウルドはもう一歩だけ、サウィンとの距離を詰めていた。  触れられるとどきどきとして落ち着かないのに、そばにいると誰より安心する。五年前にはすでに形を変え始めていた気持ちは、変わらないどころか募るばかりだった。それがなんなのか、確かめたい。  顔を傾ければ、一秒にも満たない間だけ唇が重なった。    何も伝えないまま、だまし討ちのようにこんなことをするのが卑怯だとは分かっていたけれど、最期に思い出が欲しかった。ウルドの気持ちと、サウィンの気持ちは、きっと違う。困らせることをしたくはなかったけれど、我慢できなかった。    サウィンが目を見開く。なんとなく気恥ずかしくて、その顔を直視できなかった。ぱっと体を離して、ウルドは早口に別れを告げる。   「じゃあ、俺は行くから。無茶苦茶なやり方だけど、助けてくれてありがとう、サウィン。……お前にずっと会いたかった。会いに来てくれて、本当に嬉しかった。ありがとう」    旧友に背を向けて、ウルドはまた『王』に戻る。  戦争を正しく終わらせることができなかったのなら、せめて後処理だけでも。忠実な部下を守ることができなかったのだから、せめて埋葬だけでもしてやらなければ。国を満足に導けなかった王――それも、ろくに味方のいない王が乱れた国に戻れば、きっと五体満足ではいられない。分かっていたけれど、ウルドの代わりがいない以上、役目を途中で投げ出すことはしたくなかった。    振り返らなかったウルドは知らない。唇をなぞったサウィンが、これ以上なく嬉しそうに微笑んでいたことなど、気付きもしなかった。
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