土の楽園で会いましょう

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 敵対関係にあった二国は、神の裁きとしか言いようのない災害を受けて壊滅状態に陥り、なし崩しに停戦状態となった。そんな中、ルインの国主であるウルドは、数少ない貴族たちの生き残りを率いて、弱った国を立て直そうと奔走していた。  そんな彼の目下の悩みは、人材不足と民たちの不満――ではなく、もっと身近なところにある。   「……おい」 「ん? 何さ、ウルド」 「何さも何もあるか。なんでお前がここにいるんだ、サウィン! いつになったら帰る気だ」 「ウルドが帰ってくるのを待つとは言ったけど、俺が先に帰るなんて言ってないもんね」    ウルドの椅子の上でぶらぶらと足を揺らしながら、サウィンが得意げに笑う。殴ろうかと思った。    神出鬼没の客人をなんとかしてくれとウルドに苦情が入ったのは、街に戻って間もないころだ。戦場に現れた竜が人型を取り、平凡な青年へと擬態していく様を、あのとき何人かの兵士が目撃していた。意味深な『客人』が示す人物は明らかだった。  慌てて駆けつけてみれば、予想通りそこにいたのはサウィンであった。「ひとりで家づくりなんてずるい」とわけの分からないことをのたまうサウィンは、人力が必要な場所に顔を出しては、気まぐれに復興を手伝ってくれた。あの別れ際のやり取りはなんだったのかと言いたかったが、こうと決めたら頑固なのがサウィンという男だ。ウルドはしぶしぶサウィンの滞在を受け入れた。  それ自体はいい。問題は、以前と違うサウィンの行動にあった。   「ウルド」  優しい声がウルドを呼ぶ。うっかりと寄って行くと、腕を引かれて抱きしめられた。当然のように唇を重ねられ、ウルドは息を呑むことしかできない。固まったウルドと目を合わせて、サウィンがいやに艶やかに笑いかけるものだから、心臓が止まるかと思った。 「な、な……」 「しぃー」     子どもに対してするように呼び掛けられて、思わず黙る。  昔からサウィンにはつかみどころというものがなかった。見た目こそ同年代だが、年が読めないのだ。竜の年なんて、きっと見た目では測れない。けれどこういうときのサウィンの雰囲気には、ウルドよりもきっとずっと長く生きているのだろうと強く感じさせる何かがあった。 「ひ、とが、来る……んっ」 「大丈夫。来ないよ」    サウィンの手のひらがウルドの頬を包み込む。壊れ物でも扱うかのように優しく口付けられると、どうしたらいいのか分からなかった。ウルドの瞼を撫でた指は、そのままするりと眉間をくすぐり、何もなかったかのように離れていく。これまでだったらあり得なかった触り方に、体がぞくぞくと震えた。  ウルドの緊張に気が付いたのか、くすりとサウィンが笑い声を漏らす。   「怖い顔。眉間に皺が入っても知らないよ、ウルド」 「余計なお世話だ!」    羞恥に耐え兼ねてウルドが怒鳴りつけた途端、おかしな雰囲気はぱっとなくなった。図ったようなタイミングで、人の足音が聞こえてくる。慌ててサウィンから身を離すと、何が楽しいのかサウィンはけらけらと笑い出した。 「楽しい」 「ふん! からかうな、馬鹿」 「だって、ウルドといると、楽しくて」 「良かったな」 「うん。良かった」     じゃれ合うようなスキンシップに、触れるだけの口付けが当たり前のように加わった。そのたびウルドはサウィンを意識せずにはいられない。一度だけと決めてウルドが勝手に唇を奪った仕返しなのか、それともサウィンのことだから単なる思い付きなのか、それすら分からない。『なんで』とも『やめろ』とも言えなかった。  つまるところ、サウィンに触れられるのが嫌でないから、ウルドは困り果てている。自分はサウィンをただの友人だとは思えなくなっているから、悩んでいるのだ。  唇を拭い、赤くなった頬をごまかすように、ウルドは咳ばらいをする。 「お前、どうせしばらくここにいる気なんだろう。寝所を用意させたから、使え」 「いらない。木があるし」 「森とは違うんだ。街の木の上で寝られると、見つけた者が驚く」 「ふーん。じゃあいいよ、ウルドと一緒に寝るから」 「は?」    さらりと告げられた言葉に、耳を疑う。 「前みたいに一緒に寝よう。ね、ウルド」  たしかに昔は並んで寝ていた。夢見が悪かったときにはサウィンの腕を枕代わりにしていたこともある。けれど今は違うのだ。  サウィンはただでさえ昔から、ウルドにとって唯一ともいえる対等な友人で、家族のように近しい人間だった。今も昔も、味方のいない絶望的な状況で、他の誰にもできない方法でウルドを助けてくれた。  己の心に育っていた気持ちに一度気付いてしまえば、あとはもう転がり落ちるようにそれは芽吹いていくばかりで、抑えられない。サウィンにとっては単なる雑魚寝でも、ウルドはきっともう、子どものときと同じ気持ちではいられないのだ。 「ひとりで寝ろ」 「やだ。ウルドと寝る」 「嫌がらせか?」 「なんでそうなるのさ。もっとたくさん一緒にいたいだけだよ。俺はきっと、『寂しかった』んだ。ウルドがいなくて」 「え?」  聞き間違えかと思った。ひとりで延々と穴を掘る生活が寂しくないのかと聞いたとき、言葉の意味さえ知らぬとばかりに笑っていた男が、ウルドひとりいないだけで寂しいと言ったのか?  ウルドが絶句している間に、「じゃあ、夜にね」とサウィンは軽く言って窓から出て行ってしまう。呼び止めようにも、サウィンはすでに視界から消えていた。あの気まぐれ男は決めるのも早ければ足も速い。殴りたい。 「ひとの気も知らないで……!」     頭を抱えてうなだれる。その日の仕事は、悲しいくらい身が入らなかった。
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