曇り時々【人】

1/1
10人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ

曇り時々【人】

「明日の天気は所により、人が降るでしょう」 これは全くもって嘘でも冗談でもない。 歌舞伎町には有名な自殺ビルがある。 大久保公園からほど近いそのビルは俺が歌舞伎町に来るもっともっと前から自殺ビルだった。 歌舞伎町でお店を始めてからも数えきれないほどの女の子達がそのビルの屋上からフライアウェイした。 最初こそ「めちゃくちゃ怖いな」って思っていたが、長く街にいると段々と感覚が麻痺していき、ほとんど何とも思わなくなってしまう。 誰かが飛び降りたという情報はすぐに入ってくるし、Twitterを見れば何かしらの関連動画を誰かがUPしていた。 本来、人が自ら命を絶つというのは、悩みに悩んで、生きていくよりも死んだ方が楽だという、最後の決断の上で起きる行為である。 だがそのビルから飛び降りた女の子たちの中には、担当ホストを振り向かせるためにとか、飛んでおけば売掛払わなくて済むかな的な、普通の感覚では考えられない軽ノリで飛び降りてしまった子もいた。 飛び降りたけど運がいいのか悪いのか死ねなかった子がいたので話を聞いてみたことがあるが、そんな感じの理由だった。 時にはそのビルの屋上で生配信をしながら自殺を仄めかしつつ酒を飲んでる女の子がいたり、何人かで酒盛を始めるような子もいた。 歌舞伎町でやっていた店が5年目を迎えたあたりで、大きいお店をやろうということで、歌舞伎町のど真ん中のビルの1階に2号店を出すことになった。 プレオープンから順調に売上を伸ばし、グランドオープンの時には人生で初めてのシャンパンタワーや、たくさんのお祝いで順調なスタートを切らしてもらっていた。 それから数日経った店休の日のこと。 休み前は営業中もとことん飲むし、終わってからも客さんたちと朝ホスや朝キャバに行くのでえげつない二日酔いで死んでいた。 突然、LINEの通知が鳴り止まなくなった。 休日は携帯触りたくないし二日酔いは酷いしで、とりあえずシカトしていた。 すると今度は電話が鳴る。 しょうがないから電話に出たのだが、その内容で俺の目は一気に覚めた。 「お店の前で人死んでるよ!!」 「え!!!!!!?」 これは本当にマジで意味がわからなかった。 うちの店のビルは自殺ビルじゃない。 どういうことだよ! でも飛び降りた女の人は死んでるから理由も聞けない訳で‥ とにかく休みだったから良かったけど‥ Twitterを見ると地面にぐったり倒れた女の人と、振り向くようにエレベーター前でそれを見てるホストが写っていた。 何とも気の毒なことに、そのホストは上の階にある店に普通に飲みに来ただけなのに、後ろに人が落ちて来て、それTwitterに載せられてしまったため、自分の客が飛び降りて死んだなどとネットで拡散されてしまっていた。 後に全く関係ないということを自身も書いていて、俺もそれをリツイートしたが、何も知らないネットリンチ好きの奴らはこぞってそのホスト君をボロカスに責め立てていた。 落ちた場所が道路ではなく、ビルの踊り場だったため、翌日の出勤時は俺自身も上を確認して店に入ったし、エレベーターを待つ人たちはみんな上を見ていた。 結局何が理由で、誰が飛んだのかとかは全くわからなかったけど、ついに自分の店の入っているビルも自殺ビルへの一歩を踏み出してしまった。 そして1週間後‥ そのビルからまた人が飛び降りた。 今度は何と男が飛び降りたという。 そして今回は踊り場ではなく、道路側に飛んだのだ。 飛び降りた男は電線に引っかかってワンバウンドしたものの、その後、下を歩いていたら通行人の上に落ちて、しっかりとお亡くなりになったそうだ。 直撃された男性は肩の骨を折る重傷だった。 そしてその男性はもう一つの重傷を負った。 自殺に巻き込まれたせいで色々と拡散されてしまい、彼女がいるのに他の女といることがバレてしまったのだ。 その後、逆の肩もへし折られたとかおられてないとか。。。 そして問題なのは、2週連続で命を奪ったそのビルは【確実に死ねる場所】として、街に生息するメンヘラ女子たちに知られてしまったのだ。 当たり前のように次の週、今度はホストに通う女の子が道路側に飛び降りて亡くなった。 踊り場の方は最初の自殺の後に対策されていたので続かなかったが、外側に飛び降りるのはどうしようもない。 飲んでる席で「明日の天気ってどうなの?」みたいな話になると「人降んじゃね?」みたいな返しが日常にもなった。 そんなことが続くもんだから、お手軽に飛び降り自殺ができるということで、歌舞伎町には二つ目の自殺ビルが誕生してしまった。 ある時は県外から来た制服の女子高生が屋上で飛び降りようとしている、なんてこともあった(これは助かった) もしも、もしも今これを読んでて「飛び降り自殺しようかなー」なんて思っている人がいたら、すごーーーーしだけ思いとどまってほしい。 歌舞伎町にある雑居ビル程度の高さでは、地面につくまでに意識を失わないだろうし、超痛いし、死ななかった場合は後遺症も残るだろうし、マジでマイナスしかない。 何よりも、誰かを振り向かせようとしてビルの上に立って「死んでやる!」と言ったとしよう。 そこにお目当ての奴が助けに来てくれたとしよう。 それは愛ではなく、自分のせいで死なれたらマジキツいわ!という感情で動いてるだけだからね。 ってか喧嘩してすぐ飛び降りようとするヤベー奴をこれから先、一生愛して守っていく!なんて思ってくれるやつなんかいないからね。 とあるクソ野郎が、自殺ビルで飛び降りようとしてる女の子に下から「死ぬくらいだったら俺に一発やらせてよ!」と大声で言ったが、それに対して 「お前にヤラせるくらいなら死んだ方がマシだわ!死ね!バーカ!」 と言われて上からストロング缶投げられて直撃して怪我した奴がいた。 死にたいのか死にたくないのかよくわからないけど、結果的にその子は飛び降りなかった。 これを書くまでそんな話も忘れていたけど、そのクソ野郎は今も友達なので今度会った時にその後どうなったのか聞いてみようと思う。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!