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◇
「父さん。掃除も終わったから、きょうは上がるよ」
「ご苦労さん。きょうのバイト料、渡しておく」
夜。カフェ「志野咲」を閉めた後、マスターと呼ばれる店長が息子にレジの千円札をまとめて渡した。
「そういえば今朝、若いお嬢さんが庭にあった狐の像のことを聞いてきたな。お前、何か覚えているか?」
「テラスを作るとき、父さんが邪魔だってどかした石像でしょ。忘れたの?」
息子が、くすくすと笑う。
「学校から帰ったら廃材置き場に積んであって驚いた。業者さんが来る前に、あわてて回収したよ」
「じゃあ、まだあるのか」
「物置の隅に隠しておいた。見つかったらまた捨てられそうだし、どうしても捨てられなかったんだ」
父さんが将来喫茶店を開くのを夢見て、十年前に会社の夏休みを使って田舎の候補地を探しに来たとき、僕はこの廃神社に惹かれて境内に迷い込んだ。そして、一人でお狐様の世話をする寂しげな少女に会った。
母さんが死んで、父さんが会社をやめる決意をした時。僕が「あの時の新潟の神社をお店にしたらどう?」って言ったんだ。
だって、彼女が「お狐様は人を結ぶ神様だよ」って教えてくれたから。
ここをまた、人を結ぶ場所にしたかったから。
彼女が誰か気づいたのは、彼女が店を出た後に送ってきたメールだった。それで夕方、物置に眠っていた狐の像を久々に引き出した。
「明日の日曜日、お狐様を庭に戻してもいい? あの子が次に来た時、見つけられるように」
「狐の嫁入り祭りの花嫁選びも近いし、ちょうどいいな」
今度は、僕がお狐様を立てておこう。そして花で飾ろう。
来月の第一土曜日。彼女が庭のお狐様を見つけたら、きっと驚くに違いない。それから君に告げよう。
「碧。また会えたね」って。
(了)
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