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「ありがとうございました。六百円になります」
レジで店員さんがお釣りを渡してくれた。マスターは昼時で増え始めたお客さんにコーヒーを作っている。
「お客様、急にご相席をお願いしてすみませんでした」
「いいえ。お陰でとってもいい話を聞けました」
お狐様にも男の子にも、会えなかったけれど。
嫌なことが多かった子供時代を清算できて、新しい土地で高校生活を始める踏ん切りがついた気がする。
「狐の像のお話でしたね。何か収穫はありましたか」
「神社だった昔、彼が狐の像で女の子と遊んだそうです。私をアメリカに行ったその子と勘違いしたみたいで」
「アメリカ……?」
店員の子が首をかしげる。
「そういえば一週間ほど前、お店のインスタを見たアメリカの方から問い合わせがありました。六月に日本に戻るからお店に行きたいけど、まだ狐の像はありますかって」
店員がスマホを取り出して、私に見せる。
思わず、息を呑んだ。
発信者の名前は……?
「このAkina.Tって……秋菜さんでは???」
「秋菜さん?」
「さっきの男の人が探していた女の子の名前です……あっ、すぐに後を追って伝えないと……!」
「焦らないでください。あの方、いつも月初めの土曜日に来ますよ。アメリカの方には、心当たりがあるか同じ日に来られるかどうか、私がメールで聞いてみます」
店員さんが、穏やかな口調で約束してくれた。
そうだね。
お狐様が人と人をつないでくれるなら。十年も見守っていてくれたなら。
ひと月くらい、なんでもないだろう。
「きょう、ここに来てよかった。来月の土曜日、また来ます。二人が本当に会えるのかも、ちょっと興味があるから」
「ありがとうございます。私も土曜日にバイトしていますから、楽しみです」
帰りのバスに乗って、私は心があの頃と同じように、ぽかぽかと暖かくなっていることに気づいた。そして、ふっと考えが浮かんだ。
そうだ。あの二人と同じように、あの時の彼がお狐様や私を探しに来るかもしれない。
私はポケットに入れていたお店の名刺を探して、メールアプリを開いた。
「お狐様の件です。もし私と同じか少し上の年で、他に探している男の子がいたら教えくれると助かります。お店やお客様の迷惑にならない範囲でかまいませんので。神坂碧」
全部打ち終わってから、ためらった。
まるで恋の告白を送るみたい。隼人君、今はどんな姿になっているかわからないけど、ちょっと恥ずかしい。
でも私から動かないと、何も変わらない。あの二人は本気で相手を探そうとしたから、奇跡的につながったんだ。
お狐様は、本当は何もしない。ただ、きっと、そういう人の努力を見てから、そっと背中を押してくれるんだと思う。
バスの中で文面を三回読み直してから、私は軽く送信をタッチした。
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