お狐様がいた庭で

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「はい……私でお役に立てるなら」  そう答えると、店員さんは「少々お待ちください」とまた丁寧に頭を下げて男の子のテーブルに近づき、二、三の言葉を交わした。男の子は「ありがとう」と告げると、コーヒーカップを持って私のテーブルに近づいた。 「少し聞きたいことがあるんだけど、座っていいですか」 「どうぞ」  店員さんは室内に戻る。二人きりになって、また心臓がどきどきした。あの時の子と顔が重なりそうで、重ならない気もする。十年も前の記憶でもあるし、あまり当てにはできない。 「ええと……急に声かけてすみません。お狐様の石像は喫茶店ができた時にはなかったはずですけど、あなたは知っているんですか?」 「はい……まだ神社が廃屋だった十年くらい前に、ここにあった石像を並べて男の子と遊んでいたんです」 「十年前。それは花飾りをかけたり、お水をあげたりして?」 「はい……はいっ!」 「周りに小さな石を積んで、お狐様の部屋を作ってですか?」 「はい! 二人で土団子を作って、笹の葉をお皿にして」  「お狐様をきれいにふいて、二人で手を合わせて?」 「はい!」  やばい。なにもかもビンゴ。マジですか。  私の隠れた遊びを知っているのは、あの男の子しかいない――。 「あの時、一緒にいたあなたはっ……!」 「君の名前はっ……!」  互いを指さし、二人同時に腰を浮かせて、叫んだ。 「隼人君!」 「秋菜ちゃん!」  そうして、しばらく二人とも中腰のまま固まった。  十年ぶりの瞬間が、こんな風に訪れるなんて。  膨らんだ期待が、穴が空いた風船のようにしぼんでいく。 「……人違い、みたいですね」 「……うん。人違いだった」  しゅるしゅると、緊張が解けて。  恥ずかしくなってから、急におかしさがこみ上げて。  目が合うと、今度はどちらからともなく、くすくすと笑った。 「私、秋菜じゃないよ」 「僕も隼人じゃない。名前は浩介だし」  あるわけないよね、そんな偶然。  お狐様の恩返しに、ちょっぴり期待したけれど。  思いつきで来ようと思った日、十年前の男の子に偶然会えるわけがない。お狐様の恩返しでも、そこまでご利益を期待するのは無理だ。  おかしさの波がひと休みすると、疑問が浮かんだ。  どうして知らない二人の思い出が重なっているんだろう。
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