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私がいなくなった後、お狐様を世話してくれた人がいて、そんなドラマがあったんだ。
「それから幽霊神社って呼ぶ子はいなくなった。放課後に僕たちと同じように神社で遊ぶ子も出てきた。一人になれなくなったから、僕もだんだん神社から離れた。クラスで少しずつだけど、友達もできたから」
「秋菜さんは?」
「学校でまた人気者に戻っていたから、廊下ですれ違っても話しかけなくなった。それでしばらく見ないなって思っていたら、家に手紙が届いた。お父さんの転勤でアメリカに行ったって」
「そうなんだ」
「神社で一緒に遊んだの楽しかったって。あの後、声をかけてくれなくなったのが寂しかったって。いつか日本に戻ったら、神社で会おうねって書いてあった。僕も返事を書いたけど、何を書いたのかもう覚えていない。あとは、それっきり」
浩介君は、首をすくめた。池の端の青いカエルを見つけて、水に飛び込むまでしばらく目を留めていた。
「自分の気持ちが、よくわからなかったんだろうな。でも高校生になって、あれが初恋だったんだなあと何となく思って。久しぶりに神社に来たら喫茶店になっていて、お狐様もいなくなっていた。でもいつか秋菜ちゃんが来るんじゃないかと思って、月に一度、最初の土曜日にここに来ているんだ」
人を結ぶお狐様の神社だからね、と浩介君は言った。
「それで私を秋菜さんと思った、と」
「うん。ここでお狐様の話をするお客さんは初めてで、誰か探しているみたいだったし、同じ年頃だし。で、君はどうしてお狐様を知っていたの?」
私も、自分のことを話した。両親の離婚話でひと夏、この街に来ていたこと。神社でお狐様を見つけて、お世話をしたこと。無口の男の子が一緒に遊んでくれたこと。それから東京に行って、都会が嫌いになったこと。母親が故郷に戻って、私もこっちの高校に入ったこと。
「そうか、君がお狐様の像を立てたんだ。幽霊神社の謎が解けたよ」
「お狐様を大事にしてくれて、ありがとう」
「お礼を言うのはこっち。お狐様のお陰で、秋菜ちゃんに会えたんだから。君はきょう、その男の子に会いに来たんだね」
「ううん。どっちかっていうと、お狐様の方。男の子のほうは、あんまり思い出さなかった」
「その隼人君、君を探しているかもしれないよ。僕があの時の明菜ちゃんを探しているみたいに」
気づかなかった。
都会で人とうまくいかなかった私が誰かとのつながりを探していても、誰かが私を探しているって、考えもしなかった。
だからって相手に期待する話じゃないけど、子供の頃の思い出を宝石箱のように心にしまうのは、きっと男の子も同じなのだろう。
「勝手に話しかけて、邪魔して悪かったね」
「ううん。とても楽しかった」
浩介君はすっきりした顔で席を離れ、そのまま会計に向かった。
お狐さまには、会えなかった。でも一つ、わかったことがある。
あの暖かさをくれたのはお狐様じゃなくて、あの時の男の子だったんだ。
残ったコーヒーを飲むと、今度はブラックなのに苦味の中に、ほのかな甘みを感じた。
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