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会社から出ると、雨がパラパラと降っていた。小雨というやつだ。
朝の予報で夕方から天気が崩れることは知っていたので、今日はバッグに折りたたみ傘をちゃんといれてきている。
雨に対して不平不満を漏らす同僚たちの前で傘をひらいて颯爽と退社してやろうと思ったのだが──バッグの中を覗くと傘がない。傘がないのだ。
「へぁ?!」
マヌケな声をだして驚いていると、皆が不審そうにこちらを見るので咳払いをして誤魔化す。
落ち着け、よく今朝のことを思い出すんだ。天気予報を見て、先に仕事へと行く同棲彼氏へ傘を持って行くよう促して、私も自分の折りたたみ傘を手にした。ここまでは覚えている。だが、ない。現実問題として傘がバッグに入ってないのだ。
混乱している間に覚悟を決めた同僚たちはキャーと悲鳴を上げながら小雨の中を走っていく。それを眺めながら呟く。
「……私も走るか」
幸い会社からアパートまでは近く、この位の雨なら走ればそんなに濡れることなく辿り着けるだろう。
傘はない、それはもうどうにもならないことなので私も覚悟を決めてひさしの下から踏み出そうとした時だった──。
「ヒメコさ~ん!」
私の名前を呼ぶクセのある声。この声の主は顔を見なくても分かる、愛しい愛しい私の彼だ。
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