50人が本棚に入れています
本棚に追加
そのあとはもう、何を話してどこをどう歩いたか、ほとんどおぼえていない。
がきじゃないからむっつりと黙り込んだりはしなかった。
適当に話は振ったし、敦司の言葉にはあいづちをうってたと思う。
そうすればするほど、俺の気持ちや、言いたかったことは置きざりになっていく。
花火の、暴発するみたいな音がうるさかった。
これなら、敦司の言ったように家にいれば良かったんだ。
海に張り出したデッキを歩く。立ち止まりたくなかった。止まったら何か言ってしまいそうだった。
飲み物を持っていなかったから買う。
敦司ももう帰りたいだろう、元々乗り気じゃなかったんだから。
帰ろうぜって言おうかな。
花火はまだ終わってないけれど。
最後の花火が散ったとき、俺は敦司にキスされた。
こいつは外では、人気のない場所でだって、甘い言葉のひとつも吐かなければ、抱き寄せたりだって、絶対にしないのに。
せいぜいが友達にするみたいに肩を叩いたり、たまにちっちゃい頃みたいな顔をして悪戯してくるくらいだった。
体にも気持ちにも触れてくるのは、夜、俺の部屋でだけ。
好きだとすら、言われていない。
離ればなれになると話しても、そっかわかった、と気のない返事しかしない。
なのに、どうしてキスなんかするんだよ?
変わらない予感は続いている。いつもかすかに、他人には聞こえない、耳鳴りみたいな予感。
答えが、どこをどうひっくり返しても、わからないんじゃない。
答えはむしろひとつしかなかった。
簡単なことだ。
敦司にとって俺は、何でもない存在。
自分のことを好いているっていうだけの、存在。
ときどき気まぐれで優しくしてやるだけでいい。いっしょに、行きたくもない花火に行ってやったり、ゲームの景品を与えてやる。キスしてやる。
そうすれば、こいつは俺のことが好きなんだからいつでもヤらしてくれるって、そう思われている。
受験勉強の合間のちょうど良い気晴らし、ストレス解消だ。
何と言っても女の子を相手にするよりリスクがない。俺んちだったら近いし、気張らず部屋着のまま来れる。お金だってかからない。
唇を指で触る。その指はちょっとふるえてたと思う。
うすうすわかっていたことなのに、こうしてはっきりと認識すると、重たくて痛い。
俺にはそれを抱え続けることはできない。
手放さなきゃ。何もかも。
「…俺、敦司のこと嫌い」
これは最後のキスだ。
最後に、しなきゃ。
だって俺は敦司のことが好きだから。
最初のコメントを投稿しよう!