さいごのキス

2/2
前へ
/29ページ
次へ
そのあとはもう、何を話してどこをどう歩いたか、ほとんどおぼえていない。 がきじゃないからむっつりと黙り込んだりはしなかった。 適当に話は振ったし、敦司の言葉にはあいづちをうってたと思う。 そうすればするほど、俺の気持ちや、言いたかったことは置きざりになっていく。 花火の、暴発するみたいな音がうるさかった。 これなら、敦司の言ったように家にいれば良かったんだ。 海に張り出したデッキを歩く。立ち止まりたくなかった。止まったら何か言ってしまいそうだった。 飲み物を持っていなかったから買う。 敦司ももう帰りたいだろう、元々乗り気じゃなかったんだから。 帰ろうぜって言おうかな。 花火はまだ終わってないけれど。 最後の花火が散ったとき、俺は敦司にキスされた。 こいつは外では、人気(ひとけ)のない場所でだって、甘い言葉のひとつも吐かなければ、抱き寄せたりだって、絶対にしないのに。 せいぜいが友達にするみたいに肩を叩いたり、たまにちっちゃい頃みたいな顔をして悪戯してくるくらいだった。 体にも気持ちにも触れてくるのは、夜、俺の部屋でだけ。 好きだとすら、言われていない。 離ればなれになると話しても、そっかわかった、と気のない返事しかしない。 なのに、どうしてキスなんかするんだよ? 変わらない予感は続いている。いつもかすかに、他人には聞こえない、耳鳴りみたいな予感。 答えが、どこをどうひっくり返しても、わからないんじゃない。 答えはむしろひとつしかなかった。 簡単なことだ。 敦司にとって俺は、何でもない存在。 自分のことを好いているっていうだけの、存在。 ときどき気まぐれで優しくしてやるだけでいい。いっしょに、行きたくもない花火に行ってやったり、ゲームの景品を与えてやる。。 そうすれば、こいつは俺のことが好きなんだからいつでもヤらしてくれるって、そう思われている。 受験勉強の合間のちょうど良い気晴らし、ストレス解消だ。 何と言っても女の子を相手にするよりリスクがない。俺んちだったら近いし、気張らず部屋着のまま来れる。お金だってかからない。 唇を指で触る。その指はちょっとふるえてたと思う。 うすうすわかっていたことなのに、こうしてはっきりと認識すると、重たくて痛い。 俺にはそれを抱え続けることはできない。 手放さなきゃ。何もかも。 「…俺、敦司のこと嫌い」 これは最後のキスだ。 最後に、しなきゃ。 だって俺は敦司のことが好きだから。
/29ページ

最初のコメントを投稿しよう!

50人が本棚に入れています
本棚に追加