50人が本棚に入れています
本棚に追加
「…晃士」
かさついた声で名前を呼んだ。
操られているみたいにぎこちなく唇を重ねようとした。
すると顔をそむけた。
「…何で?」
情けないことにこのときの俺には、はっきりと苛立ちがにじんでいたと思う。
「…いいのか? 本当に」
「何がだよ」
焦れったかった。
「男同士なのに…?…」
「それは…」
野郎と付き合ったことはない。正直、考えたこともなかった。
女の子とは数人、そうなったことがある。ひと通りの経験はしたが、長続きした試しはない。夏休みの終わりとか、クリスマスが終わると、どういうわけかすぐにフラれた。
話さなくても良かったことかもしれない。ぽつぽつとそんな話をすると、うつむいたまま晃士はくすりと笑った。でも、不安をごまかすためのむりやりの笑いだと思った。
「…とにかく。今は熱を下げないと」
熱をさまさないといけない。
唇を。晃士を。そう、欲しいってだけ。
早く俺のものに、俺だけのものにしなきゃっていう焦燥感がまたせり上がる。今度は明確なかたちをとった欲望。
あごをとらえて、半ば無理やりこっちを向かせて、奪った。
「俺、敦司のこと嫌い…」
離れると、俺にしか聞こえないくらいの弱々しい声で言って、また、うつむいてしまう。
ドラマとかだったら、手首をつかんだりして、待てよ、どういうことだよ、などと詰問するのかもしれない。
でも俺はそうしなかった。晃士がそれを言うときは、して欲しいことがあるときだって、わかっていた。
数年ぶりに再会したときだってそうだった。
ぽってりと熱をはらんでいた。でも普段より熱いのかそうでないのかは、わからない。はじめて触れたから。
「嫌いでも、いいよ…」
その熱を食んで俺の唇に移してく。
風邪をひいた相手をどうこうするって、卑怯だったかもしれない。
晃士のからだは、熱かった。
ことのさなか、名前を呼ばれる。
はじめは返事をして、なに、って聞いてた。
痛いとかやめてほしいとかじゃないのかって、心配だったから。
でも、じょじょに、どうやら違うみたいだとわかってくる。
甘えるみたいに、うっとりと、ただ、俺の名前を呼ぶ。
それがわかってから、柄じゃないけど、いとおしさってやつを感じるようになった。必死にするだけじゃなくて。
ああ、こいつ俺のこと好きなんだなって、すげえ感じる。
そのことに応えたいし、大事にしなきゃって思う。
これが骨抜きってやつなのかなと思う。
恋愛するのは、はじめてじゃない。なのに、こんな感覚ははじめてだった。
それ以上に、何が必要だっての?
ずっとふたりきりでいればいいじゃん。
大人に隠れて、部屋にこっそりお菓子や虫かごを持ち込んで遊ぶ子どもみたいにさ。
最初のコメントを投稿しよう!