はじめてじゃない

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はじめてじゃない

母親から日中、メッセージが入る。 謝罪の意のスタンプに続いて、「残業だからごはんひとりで食べてくれる?」。 理由はほかに、トラブルがあったとか接待が入ってた、というのもあるけど、そこはどうでもいい。 何時頃になりそ? 終電までには帰る(汗をかいた顔のマーク) 俺はそれを確認して、敦司に連絡する。 来て 返信はないけれど、いつもたいてい6時半に敦司は俺の家を訪れる。 ぶどうやみかん、料理に使えそうな食材、それにお菓子なんかを持って。 勉強、しなくていいの? 帰ったらする。 という、お決まりのやりとり。 母親には、敦司が来ていっしょにごはんを作って食べたって話してる。 嘘じゃない。 「…やっぱ晃士(こうじ)のこと触ってると、きもちいい」 「うん…。俺も」 それも、嘘じゃない。 ずっと触っていて欲しいし、敦司が気持ちよさそうにしているのがうれしいと思うから。 母親はいつも、本当にあっちゃんと仲良しだねって言う。 「…ん、出そう」 敦司は最中(さいちゅう)にほとんど声を出さないけれど、そのことはいつも律儀に伝えてくる。 仲良し。 シングルベッドが、男子高校生2人の体の重さできしきし軋む。安さが売りの全国チェーンの家具店で買ったベッド。フレームが壊れちゃいそうだ。 「あつし…、」 何もかも、もう、はじめてじゃない。 この第二関節が太い指の無骨な愛撫も、ローションのすうっとするけど全然さわやかじゃない人工的な香りも、いきそうなときの敦司のこらえてる顔も。 「…きて」 じんじんして、痛い。体のいちばん深いところから指の先まで。 女々しい気がして、あんまり抱きついたりはしたくない。 でも最後の方になるとしがみついてしまう。 よるべない感情を、必死で抑える。 奥んとこ、ゴム越しだけど、いつもすごく熱い。 俺が差し出す棒付きのキャンディーを、いつもどおり敦司は断った。 11時半。アラームをセットしているわけでもないのに、敦司はばっと起き上がる。 そろそろ母親が最寄り駅に着く頃だ。バスかタクシーで帰って来る。 敦司はベッドの上や床に散らばった服をてきぱきと身に着ける。夏だからあっというまだ。 枕はどこかにいってしまった。うつぶせになって腕を組んで、見上げる。 さっきまで俺を組み敷いていた背中。 もう帰んの。 スマホを確認している。電気もつけないままの部屋に、液晶画面の明かりがぼんやり浮かぶ。 誰かから連絡でも来るの。 俺ももぞもぞと起き上がり、Tシャツと、部屋着のジャージ地のハーフパンツを着る。下着は見当たらなかったから、つけなかった。どこに行くわけでもないから、かまわない。 こんどいつあえるの。 玄関前の歩道まで出る。夜の住宅街は、若いサラリーマンやジョギングする人の姿があって、夜中という感じはしない。 「じゃあな」 「うん。すいか、ありがと」 敦司は俺の肩をぽんと、友達にするみたいに軽く叩く。 こいつ髪、ぼっさぼさのままだけど大丈夫かな。 整えていないけどかたちの良い眉。 その下の目つきは鋭さとぼおっとしているのがないまぜになって、俺を見てる。 ひょいと手が伸びてくる。 俺の口からはみ出たキャンディーの棒を、つまんで奪う。 夜目でもてらてら光る丸いオレンジ色を、自分の口にねじ込む。 甘いの嫌いなのに。 それは友達にはしないことだよな。 すぐそこの角を曲がるまで見送る。 冗談で言おうかな。 好きだ。
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