50人が本棚に入れています
本棚に追加
はじめてじゃない
母親から日中、メッセージが入る。
謝罪の意のスタンプに続いて、「残業だからごはんひとりで食べてくれる?」。
理由はほかに、トラブルがあったとか接待が入ってた、というのもあるけど、そこはどうでもいい。
何時頃になりそ?
終電までには帰る(汗をかいた顔のマーク)
俺はそれを確認して、敦司に連絡する。
来て
返信はないけれど、いつもたいてい6時半に敦司は俺の家を訪れる。
ぶどうやみかん、料理に使えそうな食材、それにお菓子なんかを持って。
勉強、しなくていいの?
帰ったらする。
という、お決まりのやりとり。
母親には、敦司が来ていっしょにごはんを作って食べたって話してる。
嘘じゃない。
「…やっぱ晃士のこと触ってると、きもちいい」
「うん…。俺も」
それも、嘘じゃない。
ずっと触っていて欲しいし、敦司が気持ちよさそうにしているのがうれしいと思うから。
母親はいつも、本当にあっちゃんと仲良しだねって言う。
「…ん、出そう」
敦司は最中にほとんど声を出さないけれど、そのことはいつも律儀に伝えてくる。
仲良し。
シングルベッドが、男子高校生2人の体の重さできしきし軋む。安さが売りの全国チェーンの家具店で買ったベッド。フレームが壊れちゃいそうだ。
「あつし…、」
何もかも、もう、はじめてじゃない。
この第二関節が太い指の無骨な愛撫も、ローションのすうっとするけど全然さわやかじゃない人工的な香りも、いきそうなときの敦司のこらえてる顔も。
「…きて」
じんじんして、痛い。体のいちばん深いところから指の先まで。
女々しい気がして、あんまり抱きついたりはしたくない。
でも最後の方になるとしがみついてしまう。
よるべない感情を、必死で抑える。
奥んとこ、ゴム越しだけど、いつもすごく熱い。
俺が差し出す棒付きのキャンディーを、いつもどおり敦司は断った。
11時半。アラームをセットしているわけでもないのに、敦司はばっと起き上がる。
そろそろ母親が最寄り駅に着く頃だ。バスかタクシーで帰って来る。
敦司はベッドの上や床に散らばった服をてきぱきと身に着ける。夏だからあっというまだ。
枕はどこかにいってしまった。うつぶせになって腕を組んで、見上げる。
さっきまで俺を組み敷いていた背中。
もう帰んの。
スマホを確認している。電気もつけないままの部屋に、液晶画面の明かりがぼんやり浮かぶ。
誰かから連絡でも来るの。
俺ももぞもぞと起き上がり、Tシャツと、部屋着のジャージ地のハーフパンツを着る。下着は見当たらなかったから、つけなかった。どこに行くわけでもないから、かまわない。
こんどいつあえるの。
玄関前の歩道まで出る。夜の住宅街は、若いサラリーマンやジョギングする人の姿があって、夜中という感じはしない。
「じゃあな」
「うん。すいか、ありがと」
敦司は俺の肩をぽんと、友達にするみたいに軽く叩く。
こいつ髪、ぼっさぼさのままだけど大丈夫かな。
整えていないけどかたちの良い眉。
その下の目つきは鋭さとぼおっとしているのがないまぜになって、俺を見てる。
ひょいと手が伸びてくる。
俺の口からはみ出たキャンディーの棒を、つまんで奪う。
夜目でもてらてら光る丸いオレンジ色を、自分の口にねじ込む。
甘いの嫌いなのに。
それは友達にはしないことだよな。
すぐそこの角を曲がるまで見送る。
冗談で言おうかな。
好きだ。
最初のコメントを投稿しよう!