はじめてじゃない

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「…お母さんの言ったことは気にしなくていいから」 そんなふうに言う時点で、俺も気にしているって証拠だ。 でも俺が気にしているの母親の話した内容じゃない、敦司の不機嫌の方。 「…がきの頃の話だろ」 まだこっちを見ない。 4分だってよ、とついでのように言う。 「…そうだね」 そうだよ、ただの、がきの頃の話だよ。 だったら何で怒るんだよ。何で、目も合わせない? 「敦司。こっち向けよ」 ようやく振り返る。 「何で怒ってんだよ」 「怒ってねえ」 「じゃあ何でこっち見ないの」  射すくめられるような気がする。 部活を引退したからか、こころなしか、髪が少し長い。目の縁に髪がかかって、ぞんざいな雰囲気を醸している。 手がすっと伸びてくる。 体を固くする。 首の後ろを、髪をすくい上げるみたいに、触れてくる。思わず肩をすくめる。 「…お前、俺のこと気にしすぎ」 え…。 「関係ないだろ、晃士には」 関係、ない? いっしょにいるのに? 「…かんけーなくないもん」 俺は唇をとがらしながら、ちょっとびびってる。 でもこういうときの敦司は、17年間生きてきて一度も使ったことがない言い回しだし、感じたこともなかった感覚だけど、…色っぽいんだよ。 そんなふうに思う俺はばかだ。 「…花火終わったあと、夜、家に親いる?」 「…いる、と思う…。何も言ってなかったし、今日、土曜だし…」 何でいっつもそこ触るの。敦司の指先の温度は、高い。 俺は急にしどろもどろになる。 うちの母親の残業は、母子家庭のせいか、両親がそろったよその家の母親より多い。月に数回のペース。 ここ数ヶ月、そういうときいつも敦司は家に来る。 そして、敦司んとこに俺は呼ばれたことがない。 「…そっか。そりゃそうだよな」 残念、って言う。 素直だなあと思う。 そういうところが好きで…嫌いだ。 俺は気持ちを切り替えるべく、さらりと自然に話題を変える。 ついでに敦司のでっかい手から、逃れる。 「お笑い芸人、来るらしいぜ。ほら、『アイドルって感じ!』ってギャグの」 「まじ? めっちゃ微妙なんですけど」 不機嫌はなりをひそめたようだ。 「ま、I市の花火大会じゃそのレベルだよな」 「はは、ひでえ」 変わっちゃったのかな、と思う。 俺のせい? 俺が、あの日家に呼んだから。
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