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はじめてのおでかけ
乗り気じゃないみたいに見えた。
…花火ぃ?
うん。いっしょに行こうよ。
…家から見えねえの? この部屋から。
…みえない、とおもう。
花火を見物したいわけじゃなかった。
敦司はゲームのコントローラーを指でぽちぽち操作しながら、うわのそらだ。
どうせ混んでるだろ、と口にくわえたするめの隙間から言う。床に直に置いた小皿にマヨネーズと七味。
傍らには無糖の炭酸水。よくそんなの飲めるなあと思う。炭酸水なら俺も好きだけど、味がないなんて。ひと口もらったけど舌がしびれた。
大学生になったら、やっぱ、お酒飲んだりするんだろうなあと不意に思う。先のことだけど、そんなに先じゃない。
いっしょに行きたい。
敦司はやっとテレビ画面から目を離して振り向く。
あいつはベッドに背中をもたれるように座ってた。俺はベッドの上、真後ろで膝を抱えてる。頭と、少し前のめりに丸まった背中しか見えなかった。
俺の顔をしばらく見る。
…わかったよ。
いいの?
いいの? ってお前よく言うよな。自分から言い出したんだろ。
歯をちらと見せて笑う。口からとび出た、いかのげそ。
何日だっけ、何時? 迎えに来るから。
俺が押し切ったのかもしれない。
バスに乗って終点の駅まで行く。その駅から、一度乗り換えをして約30分。
複数の路線が乗り入れる大きめの駅から海沿いの会場まで、すでに人の流れができていた。拡声器を持って案内する駅員までいる。地図を確認する必要はなさそうだ。
ぞろぞろと途切れなく続く人波を見て、敦司はうへえって表情を隠さない。
「家にいりゃあ良かった」
とすら言った。
「…帰る…?」
俺は人の流れにもぐり込む前に、立ち止まる。あそこに入ってしまったら、たぶんもう戻れない。
でも敦司はさっさと先に歩き出す。
振り返って、
「何で?」
って言う。怪訝そうにちょっと眉までひそめる。
何でって、敦司が嫌そうにしてるからだよ。
「こっちだろ、行くぞ」
財布とスマホをポケットに突っ込んで、手ぶら。水着みたいな柄のクロップドパンツに足元はビーチサンダル。ずいぶんとラフな格好だ。
俺の方は、鏡の前で逡巡する時間くらいは、あった。
Tシャツの襟がくたくたじゃないか、柄がふざけすぎていないか、くらいは気にした。
髪型だって、外に出てかっこ悪くない程度には整えた。
「待てよ」
追いかけなきゃ、あいつはきっとずんずん先に行ってしまう。
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