はじめてのおでかけ

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「あ。これ、俺の欲しいやつ」 大きなテントが張られ、その下にアーケードゲームがいくつも設置されていた。太鼓のゲームや、運転シミュレーターみたいなやつなど。 ゲームのキャラクターの大きなぬいぐるみ。 クレーンゲームの透明なケースに、一列に並んでおさまっている。 真っ黒で、立方体が2つ重なったかたちの頭と体に長い手足がくっついている。 「目の部分が、蓄光っていうの? 暗いと光るんだよ」 カワイイよりは不気味なやつ。 「たまにゲーセンで取ろうとするんだけど、なかなか取れないんだよねー」 ガラスにおでこと指をくっつけてのぞき込む。 敦司はとなりに立ってポケットに手を突っ込んで、同じようにガラスの向こうをのぞき込む。 「…欲しいの?」 「欲しい」 「ねえ敦司、もうやめようぜー」 ななめ前、ガラスの向こう側で敦司は真剣だ。 「もうちょい待って」 ちょうちょの羽根みたいなのを背負った小さい女の子とその父親、大学生くらいのカップルが遠巻きにさっきからずっと見ている。 黒いぬいぐるみは、アームの先端の爪でつかまれて浮き上がったものの、直後にぼとりと落下する。 女の子が、ああーと声を上げる。 敦司はすぐさま財布から百円玉を追加投入する。 もういくらぐらい費やしたかな。 はじめの数回は面白がっていっしょにやったけど、もう飽きた。 俺は近くの屋台で七色のわたあめを買って来てから、また同じ位置に座り込む。 あつしぃ、とため息を吐く。 意地っ張りなんだから。おまけに負けず嫌い。 俺がいっしょにいること、忘れてる。 アームの爪が何度目か、ぬいぐるみの体の部分をひっかける。 ここまではいいんだよ。ある程度やり慣れたやつなら、できる。 アームがゆっくりと動く。 今度は落ちない。 ごろんと、穴の中に落ちた。 俺はぽかんとして、わたあめを食いちぎりかけたまま固まる。 敦司も、自分でもちょっと驚いてあっけにとられてる。 それから、下部の取り出し口からぬいぐるみをつかむと俺の方に掲げて見せる。いたずらっ子みたいな、というより、ちっちゃい頃の敦司の顔だ。 「やったあ、すげえ!」 駆け寄って敦司と手を打ち合わせる。 ギャラリー(4人だけど)から、ぱらぱらと温かい拍手。 「やる」 逆さ向きにつかんだまま、ぬいぐるみを突き出してくる。まだ、得意げな表情。 「………俺?」 口の端からわたあめをはみ出させたまま、俺はまたぽかんとしてしまう。 「やるよ」 手元に押しつけられる。 ガラス越しで見ていた感覚よりも、ぬいぐるみは巨大かもしれない。片手で抱えるのがやっとだ。 「………意地になって取ろうとしてるだけだと、おもった」 どんどん俺の声はちいさくなってく。何でだ。 「ありがと…うれしい」 敦司は俺の口元からわたあめをつまんで取ると、自分の口に入れた。指の先をちろりと舐めた。甘い、と言う。 どういたしまして、の代わりみたいに。 俺はあわててテントの外を振り返る。 「…もうそろそろ、花火、始まるかな」 すっかりご機嫌になった俺は、黒いぬいぐるみを、おんぶするみたいに頭の部分を自分の頭のてっぺんに乗せ、長い足を首まわりに巻きつけて歩く。
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