50人が本棚に入れています
本棚に追加
さいごのキス
テントを出るとすぐに1発目の花火が打ち上がった。
迫ってくるような近さ。思ったよりずっと大きく見える。
敦司も、おおっ、て顔してる。
赤、ピンク、黄色。序盤は派手な色合い。次々と破裂しては咲いて、夜空に消えていく。
歩きながら、体の片側だけぱっと明るく照らされては、次の瞬間に暗くなる。そしてまた光が当たる。
子ども向けのちゃちなメリーゴーランド。
それを丸く囲う柵に、並んで肘をもたれる。
「花火、見えるとこ行かなくていいの?」
「…いい」
「…変なの。見たいっつってたくせに」
観客は始まった花火に気を取られたみたいで、乗っている子どもはそのとき1人もいなかった。でも、くるくる回り続けている。
「大学行ったらさ、ちゃんとバスケできるサークル入りたいんだよな、軟派なとこじゃなくて」
そうなんだ。はじめて聞いたよ。
花火が明滅するたび、ついさっきまでの浮かれた気持ちが削られていく。
楽しいままでいれたらいいのに。
話が、ある。
「大学の部活って強くないとこでもさ、大変そうじゃね?」
「うん…」
「晃士はさ、どうすんの? サッカー。続けんの、」
「俺、E大受けることにした」
唐突に断ち切る。
少し間があって、それから、敦司が確かめるようにゆっくりとたずねた。
「…それって前言ってた、N県の?」
「ああ。俺が志望してるのは少しめずらしい学科だから、どこの大学にでもあるわけじゃないんだ」
学ぶ内容はもちろん、取得できる資格、偏差値や学費との兼ね合いで決めた。
自宅からは、新幹線で3時間かかる。
「来年の4月からは、大学の近くでひとり暮らしすることになる」
敦司が受験するのは、どこも自宅から通える大学になりそうだと聞いていた。
この辺りは都心でも郊外でもたいがいは通える地域だ。
俺も去年までは、漠然とだが首都圏の大学に進むつもりでいた。
だから、敦司と進路は違っても、ご近所のままだと思っていた。何も変わらないと。
回転する馬やうさぎ越しに、花火が見える。しだれ桜みたいに、長く尾を引いて垂れる、金色。
敦司はそれを目で追っているように見えた。見慣れすぎた横顔。
「もう決めたのか?」
「…うん。決めた」
進級直後の進路希望調査にはE大を書いた。
言い出せなかった。話す機会はいくらでもあったけれど。
「親は? それでいいって言ってんの?」
「お母さんは大丈夫だって言ってくれた。お父さんも、学費や生活費出してくれるって。もちろん、バイトもするつもりだよ」
高校でできた友達には、うちが母子家庭だって知らないやつも多い。
隠したいわけではないが、わざわざ話すことでもないと思っている。
敦司はもちろん知っているから、今の質問はそれを気遣ったのだろう。
俺は花火よりも、敦司の手を見ていた。柵に肘をかけて、両手の指を組んだり開いたりしている。第二関節がごつい指。
「…そっか。わかった」
また、少し間があってから、あっさりとそう言った。
それだけかよ。
ただの報告だと、思っているのだろうか。
引き止めないの?
あのときみたいに。
今年の正月、母親が迎えに来て俺が連れられて帰るときみたいに、無茶言って駄々こねて。
引き止めてくんねえの?
「ま、とにかく勉強頑張んねーとな」
あのときよりずっと遠い距離と時間を、離れることになる。
それなのに敦司は誰でも言えるような、正しいことしか言わない。
そうだなって答えるしかなかった。
最初のコメントを投稿しよう!