さいごのキス

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さいごのキス

テントを出るとすぐに1発目の花火が打ち上がった。 迫ってくるような近さ。思ったよりずっと大きく見える。 敦司も、おおっ、て顔してる。 赤、ピンク、黄色。序盤は派手な色合い。次々と破裂しては咲いて、夜空に消えていく。 歩きながら、体の片側だけぱっと明るく照らされては、次の瞬間に暗くなる。そしてまた光が当たる。 子ども向けのちゃちなメリーゴーランド。 それを丸く囲う柵に、並んで肘をもたれる。 「花火、見えるとこ行かなくていいの?」 「…いい」 「…変なの。見たいっつってたくせに」 観客は始まった花火に気を取られたみたいで、乗っている子どもはそのとき1人もいなかった。でも、くるくる回り続けている。 「大学行ったらさ、ちゃんとバスケできるサークル入りたいんだよな、軟派なとこじゃなくて」 そうなんだ。はじめて聞いたよ。 花火が明滅するたび、ついさっきまでの浮かれた気持ちが削られていく。 楽しいままでいれたらいいのに。 話が、ある。 「大学の部活って強くないとこでもさ、大変そうじゃね?」 「うん…」 「晃士はさ、どうすんの? サッカー。続けんの、」 「俺、E大受けることにした」 唐突に断ち切る。 少し()があって、それから、敦司が確かめるようにゆっくりとたずねた。 「…それって前言ってた、N県の?」 「ああ。俺が志望してるのは少しめずらしい学科だから、どこの大学にでもあるわけじゃないんだ」 学ぶ内容はもちろん、取得できる資格、偏差値や学費との兼ね合いで決めた。 自宅からは、新幹線で3時間かかる。 「来年の4月からは、大学の近くでひとり暮らしすることになる」 敦司が受験するのは、どこも自宅から通える大学になりそうだと聞いていた。 この辺りは都心でも郊外でもたいがいは通える地域だ。 俺も去年までは、漠然とだが首都圏の大学に進むつもりでいた。 だから、敦司と進路は違っても、ご近所のままだと思っていた。何も変わらないと。 回転する馬やうさぎ越しに、花火が見える。しだれ桜みたいに、長く尾を引いて垂れる、金色。 敦司はそれを目で追っているように見えた。見慣れすぎた横顔。 「もう決めたのか?」 「…うん。決めた」 進級直後の進路希望調査にはE大を書いた。 言い出せなかった。話す機会はいくらでもあったけれど。 「親は? それでいいって言ってんの?」 「お母さんは大丈夫だって言ってくれた。お父さんも、学費や生活費出してくれるって。もちろん、バイトもするつもりだよ」 高校でできた友達には、うちが母子家庭だって知らないやつも多い。 隠したいわけではないが、わざわざ話すことでもないと思っている。 敦司はもちろん知っているから、今の質問はそれを気遣ったのだろう。 俺は花火よりも、敦司の手を見ていた。柵に肘をかけて、両手の指を組んだり開いたりしている。第二関節がごつい指。 「…そっか。わかった」 また、少し間があってから、あっさりとそう言った。 それだけかよ。 ただの報告だと、思っているのだろうか。 引き止めないの? あのときみたいに。 今年の正月、母親が迎えに来て俺が連れられて帰るときみたいに、無茶言って駄々こねて。 引き止めてくんねえの? 「ま、とにかく勉強頑張んねーとな」 あのときよりずっと遠い距離と時間を、離れることになる。 それなのに敦司は誰でも言えるような、正しいことしか言わない。 そうだなって答えるしかなかった。
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