プロローグ さいごの花火

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プロローグ さいごの花火

抹茶、チョコ、シナモン、はちみつ。桃、メロン。 ペッパー、ハバネロ、みたらし団子。 このへんになると、イロモノだ。 屋台に、ラムネ瓶がずらりと並ぶ。 闇の中、柱にくくりつけられた照明が反射してぴかぴか光っている。 チョコ! いや…やっぱり、はちみつ。 振り返る。 あいつは飲まないよな、やっぱ。 飲み物ではないみたいに見えた。色水みたいな液体が、昔ながらの丸みを帯びた瓶におさまっている。 案の定敦司は興味がないらしく、となりのフライドチキンの屋台の立看板に気を取られている。 花火が上がった瞬間、あたりは閃光が瞬いてぱっと明るくなる。 ぽてっとした厚みのガラスは、唇に当てるとなぜか少し温かく感じる。 はちみつフレーバーのラムネは、喉が焼けるように甘い。 混雑を分けて、人の少ない場所に出た。段差に腰を下ろす。敦司のとなり。 正面ではなく右ななめ前に花火が見える。 「…喉、乾いたな」 「やっぱりさっき、買えば良かったじゃん」 「だって甘いのと、変なのしかねえし」 花火が上がるたび、丸い光の輪がひまわりみたいにつくられてすぐ消える。 消えちゃう。 大学受験が終わったら、敦司と離ればなれになる。 「俺の、あげる」 今年の夏のラストを飾るのは、スターライトパレードです! 放送の声が響き渡る。 差し出した瓶を敦司は受け取った。 中のビー玉に、花火がちいさく映る。 「なに味だよ」 瓶を一周まわしてラベルシールを探すが、貼られていない。 「当ててみ」 最後の花火のしずくが落下していく。尾を引いてゆっくりと。 「サンキュ」 瓶の飲み口の縁をひとさし指でなぞる。 目を伏せると、案外長いまつ毛の影がくっきりと落ちる。 やっぱ甘ったるいから、飲みたくないのかな。 花火なんか見ないで敦司のことばかり見ている。 顔を上げてこっちを向いた。 次の瞬間、急に夜のとばりが降りる。 聞こえていた歓声が、すうっと遠くなる。 はちみつのまったりとした感触が、キスを少しだけ長くさせた。 夏の、さいごのひとしずくが敦司の唇にからめとられてく。 「…はちみつ」 かすれた声が、ざわめきの中で俺の耳にだけ届いた。
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