第2章 幸薄《ばっこう》の馮琳。

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それにしても… 仲王朝で栄えているのは宮殿のみ…。 劉纖「…」 劉纖は宮殿の警護を担当しながらも… 仲王朝のせいで饑餓に苦しむ民の暮らしぶりを見ているだけで胸が詰まりそうだった…。 紀霊「…胸が詰まるなぁ…。陛下は、女達に(うつつ)を抜かして毎日夢の世界へと旅立たれているし…。きちんと民の状態を確認してないからあんなに高い税を課す事が出来るんだ…」   劉纖も袁術に関しては嫌いなのだが、 紀霊に関しては…その評価が幾分か上がったのを自分でも感じていた。 劉纖「将軍の配下となれたのは、 我が人生の誉れです。」 だからなのか… 気づいたら劉纖は堰を切ったかのように自らの身に起きた出来事を紀霊に全て話していた…。 紀霊「陛下が理不尽な事をした。 大変申し訳ないと思っている…。」 劉纖「後宮に入ったからには… もう俺の恋人…ではありませんから…せめて幸せになってくれたら…と…」 劉纖はいつか隙を見て馮琳の事を 連れ戻したい…とは思っていましたが それを口にするのは控える事にした。 紀霊「…そうか…。では…蕾という名前の局を守って貰おうか…。それが…そなたの愛した人の局だから…」 劉纖はまさかの名前に… 少しだけ期待をしてしまった…。 劉纖『俺の字である春蕾(チュンレイ)(ちな)んだ名前の局を雪梅は選んだのではないか?』 しかし… それはすぐに否定されてしまった…。 他ならぬ 劉纖が仕える将軍兼軍師によって… 紀霊「局の名前は陛下が適当に付けて 陛下のお住まいであるど真ん中の蜂蜜の間から順番に妃達が入るから新参の妃は自然と端の局に入る事になる。」 劉纖「…そうなのですか…。」 予想が外れて残念そうな劉纖は、 ともかく後宮の中では…嫉妬と嫉みの渦巻く女達が馮琳を今度こそ奈落の底へと突き落とすため…その牙を剥き出しにしていた…。 董泉「どうして陛下はあのようにネジの外れた女を寵愛なさるのかしら?」 董泉は蜂蜜の間の左隣で… 入内してからというもの1度も 自身の局を訪れない袁術…ではなく… 馮琳を怨むようになっていた…。 郭珠「意味が分からないわ…。 今度は陛下に逢う度、さめざめと涙を流しながら…お話されては如何かしら?と言ってみますわ…」 董泉の怒りが自身に向かう事を 恐れている郭珠は次なる一手を考え… ある女性を馮琳の元へと向かわせた。   それは… 孫華「馮貴妃、お初のお目通りが叶い とても嬉しく思っております…。」 孫華(そんか)…今は亡き孫堅の姪で 孫策、孫権とは従妹に当たる…。孫策が袁術の元を去る時に自ら進んで残る事を選んだ女性。江東の虎姫(とらひめ)。字は雪玲(シュェリー) 馮琳「こちらこそ… 宜しくお願いします。」 そんなこんなで時は流れて… 西暦197年09月14日…。 あと1週間後の21日は、 馮琳の誕生日であるため、 袁術は喜び勇んで立后の儀式を するためにただでさえ忙しい紀霊を 捕まえて… 袁術「立后の儀式を行うため、 準備を進めて貰おうか…?」 紀霊「…はい…。」 こうして… 馮琳が皇后となる日が近づき、 他の妃達は焦り始めていた…。 董泉「まさかあの女が陛下の皇后となる日が近づいているなんて…」 郭珠「雪玲、あんた…。何か偽の情報をあの女に話しなさいよ…!あんたは孫家の娘だから庇護があるかもしれないけど…私達の親類は…殆どいないのよ…!」 董卓と郭汜に関しては世を乱した罪があまりに大罪であるため仕方ないところもありますが遠縁のこの2人には… まさに青天の霹靂(へきれき)。 突然、こうなったと言っても 過言ではない状況だった…。 時は群雄割拠の男性が活躍する時代であるが故に女性には学問や武芸…。世界情勢などについて学ぶ事を強制されたりはしないからである。 女性達の立場では… ある日突然、親類のしてきた事で 世間から嫌われる事となった人も かなりの数、いたと思われる…。 例えばの話… 董卓の孫娘である董白くらいなら… 祖父が何をしているかは理解出来るだろうが…遠縁とは良い意味でも悪い意味でも遠くの存在だと言える…。 さて… 袁術が勝手に建国した 仲王朝ではありますが… 紀霊が前々から嘆いている通り… 民を苦しめている大規模な饑餓は、 更にその猛威を振るっていた…。 仲王朝では袁術の建国からどれくらいの民が餓えて命を喪ったのか定かではないくらい死者は右肩上がりに増え… 民はいつ命を喪うから分からない 恐怖に震えながら生きていた…。 もし… 袁術が民からの切なる願いを叶えられるような男ならば王朝への支持数が(ゼロ)になる事などないのに… 袁術は民の嘆きになど耳すら貸さず… 本日もまた変わらぬ重き税を民に課し 自身は馮琳の事だけを考えていた…。 袁術「雪梅の笑顔を見るには、 どうしたら良いのかな?」 紀霊「…陛下、馮貴妃と仲睦まじくなさるのは大変結構ですが…少しは内政についても考えては貰えませぬか?」 忠臣である紀霊が幾ら訴えても 袁術の頭には…民の事など頭になく… 袁術「…雪梅が憂いを帯びた横顔で月を眺めながら考え事をしていて朕は、何とかして励ましてやりたいのだ…」 紀霊「…」 ここまで来ると幾ら紀霊でも… 愚かな主を救う事は出来なかった…。 しかし… そんな困った袁術に寵愛されている こちらも困った馮琳なのだが… 更なる魔の手は容赦なく迫っており 次なる一手を打ったのは… 孫華「馮貴妃、陛下は涙を流す女性を溺愛するところがあるのよ…だから…涙を流すようにしては…?」 董泉と郭珠から馮琳を奈落の底へと突き落とす為の作戦に参加するよう 何度も言われていた孫華だった。 馮琳「では…立后の日に 涙を流す事に致しましょう…。」 こうして… 立后の儀式を行う為に何とか 満身創痍になりながらも紀霊が支度を終えた西暦197年09月21日の事。 孫華の話を鵜呑みにした馮琳は、 立后の儀式という厳粛な空気の中… 馮琳「…」 民や袁術、紀霊らが見ている前で、 まさかの号泣をしたのである…。 劉纖『…雪梅?』 劉纖の記憶に残る馮琳は、 確かに自分で考えて行動したり 自分の意見を持ったりするのは… 大の苦手ではあるものの… 劉纖『大衆の面前で号泣するような子じゃないのになぁ…。』 但し… 将軍と軍師を兼務する紀霊の配下である劉纖に何とかする術などなく… 今や…馮琳は劉纖が仕える主である 紀霊が仕える主の偽皇帝・袁術の皇后となってしまったのである。 董泉「…やったわ…!あんな失態を演じるだなんて…あの女は…筋金入りのお馬鹿さんだわ…!雪玲、良くやったわ…。あんたもやる時はやるのね…」 董泉は喜んだものの… 郭珠と孫華は首を傾げていた…。 何故ならば… 董泉達が袁術との仲を引き裂こうとすればする程、馮琳と袁術の絆は反対に深まってしまうと言う事ばかりで… 簡単に言えば… 郭珠「全て裏目に出ていませんか?」 それ以上でも以下でもなく… 董泉達の悪巧みは全て裏目に出て、 この頃、ますます袁術の馮琳に対する寵愛は増すばかりで… 董泉達の馮琳に対する怨みも… 増すばかりだった…。 今回も孫華達が恐れたように… 袁術「…雪梅は皆の前で立后の儀式をしたのが恥ずかしかったのだな…。」 馮琳「…」 馮琳『そんなつもりじゃないのに…』 ばっちり裏目に出てしまい… それどころか… 袁術「あんなに号泣するなんて…。 済まない、朕の配慮不足だ…。」 馮琳「…」 馮琳『陛下に謝って欲しくて 泣いた訳じゃない…!』 袁術「お詫びに何か好きなものを買ってやろう…。何が良い?そうだ…。馮琳が泣いた時に涙を拭う高級な布。」 更に絆は深まったようで… それから馮琳の局に 大量の高級な布が届いた。 蝶凌(ディェリン)「皇后陛下は陛下から愛されておられますね…。こんなに高級な布が届きましたよ。」 馮琳に仕える唯一の宮女である 蝶凌はとても喜んでいたが…。 郭珠「雪玲、ぬるいわよ!」 董泉「とうとう皇后になったじゃない!あんな奴を皇后陛下だなんて呼びたくないわよ…!」 孫華「申し訳ありません…。」 董泉、郭珠は階級が美人ではあるが 孫華は袁術からの孫家への配慮として美人から賢妃への昇進を果たしたばかりである。 董泉「…自分ばかりいい気になるな!」 郭珠「…奴を破滅させなければ…あんたも奴と同じだと見なすわよ…。奴と同じ運命を辿りたいのかしら?」 孫華「…どのようなお役目でも… お2人の為に…果たします。」 こうして孫華は後宮を支配する董泉、郭珠に脅迫されるカタチで次なる罠を馮琳に対して仕掛ける事となった。 それは… 孫華「皇后陛下、陛下は将軍を大切になさる方なので紀霊将軍と仲良くしている妃を特に寵愛なさいますよ。」  皇后として夫である皇帝に仕える 将軍を労うのは大切な事ではある。 それに… 袁術の人望が限りなく零に近いので 軍師との兼務で仕事量は激務の領域。 但し… 馮琳は気づいていないが これは…またしても罠である。 馮琳「そうなのですか?では… 紀霊将軍と仲良くしたいと思います。」 しかし… 董泉「いつも忙しい方なのですから、 お茶休憩をお2人でなさって紀霊将軍を労って差し上げたら…?それも皇后陛下として大切なお仕事ですよ。」 貞操を重んじるこのような時勢に、 夫である皇帝に仕える将軍と2人で お茶休憩するなど… 世間一般的な感覚で言えば… 言語道断なのだがそこは馮琳…。 何度騙されても何度騙されても 勉強しないのか…出来ないのか… そこに関しては定かではないが… またしても信用してしまい… 馮琳「確かに…紀霊将軍とお茶休憩をして日頃のお礼をするのも皇后として大切なお仕事ですね…。」 こうして騙された事に気づかない 馮琳は自らの局で宮女の蝶凌に… 馮琳「蝶凌(ディェリン)、今からここで紀霊将軍のお疲れを労うために2人でお茶休憩をするので支度して?」 そんな事を頼んだのだが、 それを聞いた蝶凌は… 蝶凌「誰からお聞きになりました? そんな局で陛下以外の方を招いてお茶休憩するなど陛下から疑われてしまいますよ。」 馮琳は騙した人間の名前は頑として言おうとはしなかったが蝶凌には大体、誰が主を陥れたのか分かっていた。
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