第2章 幸薄《ばっこう》の馮琳。

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それを聞いた馮琳は何も疑わずに 元気よく返事をしてから高貴な着物を纏ったまま後宮内から外へと出てしまったのである。 すると… 「あの性悪皇帝の皇后だ。」 「捕まえて売れそうなものを 剥ぎ取ってやれ!」 「私の夫は饑餓で死んだのよ!」 仲の国で悪政を敷いて民の暮らしなど全く顧みなかった袁術に対する民の怒りと怨みは深すぎるものであった。 それはその皇后である馮琳とて 例外ではなかったのである。 馮琳を見る民の目線はまるで今にも馮琳を責め殺してしまいそうなくらいに鋭いものだった…。 馮琳「…誰か助けて下さい!陛下!」 普段後宮内で贅沢しており滅多に動かない生活をしている馮琳は、 あっという間もなく民により 捕まえられてしまったのである。 「おら達はいつも死ぬか分からない恐怖に毎日怯えながら暮らしている…」 「それなのにお前達は、 性悪皇帝に庇護されて贅沢三昧。」 「私達はお前達を絶対に許さない!」 馮琳『陛下、申し訳ありませぬ… 先立つ不忠をお許し下さりませ…。』 馮琳が自らの最期を悟り宮殿の中にある玉座でふんぞり返っている袁術に心の中で詫びを入れたまさにその時…。 紀霊「お前達! 皇后陛下に何をするつもりだ!」 劉纖「皇后陛下! お怪我はありませんか?」 城の中から紀霊と劉纖が飛び出し、 馮琳に害を加えようとしていた民は 一斉に去り馮琳の命は助かった…。 馮琳「紀霊将軍、お助け下さり ありがとうございます。」 馮琳が頭を下げると紀霊は、 照れた顔をしながらも…。 紀霊「…皇后陛下、異変に気づいたのは私ではありません。隣にいる人間に見覚えはありませんか?」 自身の隣にいる配下の事を 馮琳に尋ねたのだった…。 馮琳「…春蕾(チュンレイ)?」 劉纖「皇后陛下、今は恋人ではなく 皇后陛下とその配下である将軍に仕える配下ですので呼び方には気をつけて下され…。」 馮琳と劉纖。 身体の距離は近くなったものの 心の距離は…遠すぎて見えないくらい遠くなってしまっていた…。 すると… 紀霊は何を思ったのか… 今にも泣き出しそうな顔をしながら 馮琳の髪を優しく撫でたのだ…。 紀霊「皇后陛下、私にも皇后陛下と似たような年頃の妹がいました。ですので…あまり無茶をしないで下さい。」 紀霊の妹は董卓軍で最強を称する 華雄に連れ去られてから消息不明となり生死すらも分かってはいない…。 馮琳「申し訳ありませぬ、紀霊将軍」 すっかり泣き虫となった馮琳が 紀霊の優しさに涙を流していると… 馮遵(ふうじゅん)「…我が妹は、 これ程までに泣き虫だったかな?」 そこに現れたのは… 馮琳にとって分身とも呼ぶべき 双子の兄・馮遵(ふうじゅん)。 馮琳「…兄上!」 古来、双子は魂を分けると信じられていた事もあり不吉だとされていた…。 それもあり… 馮琳と馮遵が5歳の頃、 馮遵は売りに出されてしまった…。 劉纖「皇后陛下の為に探しました。」 劉纖は馮遵の行方を探し続けており (ようや)く兄妹は再会を果たし… 馮遵「大きくなったな…」 馮琳「兄上…!」 4人はそのまま熱き抱擁をして 感動をしばらく分かち合っていた。 しかし… その姿を1番見られてはならない者達がはっきりと見ていた。 董泉「あの女、陛下の皇后でありながら3人の男達と抱擁していたのです。」 郭珠「あんな不敬な女を皇后にしていては陛下の威光に傷がつきます。」 すると… 袁術「馮琳が朕以外の人間と何の理由もなしに抱擁するなどあり得ぬ!そなたらの作り話であろう!」 董泉「陛下、私は作り話などしません。本当に見たのですよ?陛下…!」 袁術「次、そのような讒言をすれば その命、ないと心得よ!」 孫華「…」 西暦197年10月11日の丑三つ時 〈=現在で言うところの午前3時〉 董泉「あの女を古びた井戸へ放り込んで自殺に見せかけてやるわ。」 郭珠「あの井戸は古くて苔も生えているから何もわからないだろうし…」 董泉と郭珠、それに 孫華を始めとする後宮の妃達は… 馮琳を抱えるように運ぶと 裏庭にある古井戸の中へ投げ込み… その命を無残にも奪ったのだった…。 孫華「自殺とするのなら… 靴が必要になりますね…」 孫華はあらかじめ馮琳の局から 靴をひと組だけ借りていたので 井戸の隣に置き、 さも馮琳が望んで飛び込んだように 細工をしたのであった…。 郭珠「やるじゃない!仕方ないからこの功績によりあんたが先に皇后となるべきだわ…。」 こうして… 馮琳の命を残忍な方法で奪った 主犯の3人は協力者の妃達と共に 何事もなかったかのようにそれぞれの局へと戻り朝まで眠る事にした。 そして… 朝日が昇り馮琳の局では… 主がいない事に気づいた蝶凌が、 慌てふためきながらも 返事を期待しながら大きな声で 主の事を呼んでいた…。 蝶凌「皇后陛下~!」 しかし… いつもなら蝶凌の呼ぶ声にすぐ 反応していた馮琳はもうこの世にいない事を知っているのは… 董泉「…煩いわね…。どうせまた後宮から出てしまったのではないの?」 郭珠「…昨日はあまり眠る事が出来なかったのだから静かにして貰える?」 孫華「皇后陛下が… どうかなさいましたか?」 主犯格であるこの3人ですが、 さすがは演技派俳優のような演技力を持つだけの事はあり堂々たる態度を貫いていた…。 しかし… ある意味では極めて太々(ふてぶて)しい態度であるとも言える…。 蝶凌「皇后陛下が居なくなったのですがもしやまたしても皆様の仕業ではありませんか?」 実のところ蝶凌は身分の事以外に… 勘が鋭すぎる事もあって 妃達から忌み嫌われていた…。 後宮と言うのは… 皇帝の寵愛を受けるためなら、 何をしても良いとされる女達の花園。 董泉「宮女の分際で私に無礼な態度をしないで貰えるかしら!私は美人の階級なのよ…!それとも何か証拠でもあるのかしら?」 すると… 袁術「そんな事よりもまずは雪梅の行方を探さなければなるまい。」 袁術、紀霊、馮遵、劉纖、蝶凌、 董泉、郭珠、孫華達を始めとする 者達は… 行方不明の馮琳を宮殿の中と外に 手分けして探す事となったのだが… 董泉「私は外を探します。」 郭珠「では…私も外を…。」 孫華「では…私は中を…」 馮遵「私は外を探そう。」 蝶凌「私も外を探します。」 袁術「朕も外じゃ…。」 紀霊「私も外を…」 こうして手分けして 馮琳を探す事にはなったが… 馮遵、袁術、蝶凌、紀霊、劉纖以外は真実を知っている事もあり捜索など早く終わらせたいと思っていた。 だからこそ… 捜索を始めると案外早く馮琳の 手掛かりを見つける事が出来た…。 董泉「これは誰の靴かしら?」 それは袁術が馮琳にあげた靴で、 白い色をした靴の先に花の飾りが施してある繊細なデザインをしていた。 袁術「それは朕が雪梅の為に買った靴で雪梅は心底大切にしていた。」 紀霊「董美人、 それはどこにありましたか?」 紀霊が尋ねると董泉は、 皆を案内(あない)して裏庭にある 古びた井戸の前へと道案内をした。 董泉「この靴があったのは、 この古びた井戸の隣よ。」 郭珠「まさか…自殺するために、 陛下から頂いた靴を脱いでこの古びた井戸の中に飛び込まれたのでは…?」 命を奪った主犯格の1人である郭珠は 抜群の演技力で涙を流しながら馮琳が自殺したという説を立てる事に成功。 単純明快の袁術は… 在りし日の馮琳を思い出し… 袁術「そう言えば朕に逢う度 いつも馮琳は涙を流していたな…。」 何にも疑わず董泉と郭珠、 それに孫華の策略に乗ってしまい… 董泉「立后の儀式でも号泣なさっておいででしたから皇后という階級を重く感じられていたのかもしれませぬ…」 馮琳の死はそのまま… 自殺として決着がついてしまった…。 袁術「雪梅に死を選択させる程、 皇后の階級が負担だったとは朕の判断が間違っていた…。済まぬ…。」 こうして袁術は古井戸を封鎖し そのまま馮琳の墓にしてしまった。 劉纖「皇后陛下が自ら死を選ばれるなどあり得ませぬ…長年探していた双子の兄に逢えるのを彼女は楽しみにしていました。」   しかし… 劉纖、馮遵、蝶凌の訴えは認められず袁術は不審な点が多すぎる馮琳の死について詳細を調べる事もしなかった。 それどころか… 袁術「これ以上、朕の傷口に 蜂蜜を塗る事など許さん!」 ついにはまさかの逆ギレ…をしたものの蜂蜜と塩を間違えるお粗末ぶり。 もう誰も異を唱えたりする者は、 おらず馮琳の死は歴史の闇に封じ込まれようとしていた…。 馮遵、蝶凌、劉纖が不満そうにしているものの袁術は馮琳の墓前に供えるあるものを懐から取り出した。 それは… 袁術が馮琳の次に愛している蜂蜜。 袁術「朕は雪梅の事を誰より愛していたのに何故このような事になった?」 失意の袁術は新たな皇后を指名し、 その皇后は賢妃たる孫華…字は雪玲。 しかし… 劉纖と馮遵、蝶凌は、 馮琳の死に疑問を感じており 秘かに真相を調べる事にして、 馮琳の無念を晴らす事を強く誓った。  
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