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それを拒絶ととったのか、彼は唯子から視線をそらし、俯いてしまう。
「ちがう……わたしは」
「――そうだよな。おれが源公暁でおまえが三浦唯子。それですべてはまるくおさまるんだ。いまさらほんとうの名前を呼ぶことの方が、恐ろしいよな」
どこか諦めたような口調で、公暁は嗤う。傷つけてしまったと感じた唯子は、慌てて言葉を紡ごうとして、砂浜に足を取られてしまう。
「わ……きゃ」
無様に転んで砂だらけになった唯子の身体をひょいと抱き上げ、公暁は泣きそうな表情の唯子にやさしく囁く。
いつの間に、彼はこんなにもおおきくなったのだろう。むかしは唯子の方が背が高かったはずなのに。自分の方が力持ちで、こんな風に、抱きかかえられることなんか、なかったのに。
「なんてな……冗談だよ、暁」
茶化したような声が、唯子の沈んでいた気持ちをふわりと浮き上がらせる。その名はもう、葬ったというのに、耳元で呼ばれると、つい身体が震えてしまう。
観念した唯子は、彼に抱かれたまま、渋々、彼のほんとうの名を唇に乗せる。
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