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先程までの騒がしさが嘘のように鎮まり、今や周囲からは寝息しか聞こえない朝方。
あまり大きないびきを立てる者は居ないとはいえ、やはり男のみの部屋のせいかどこかむさくるしく感じるというもの。……まあただの気のせいでしかないのだが。
というか、あの時間から集まったのだから当然ではあるものの結局この時間に寝る流れになってしまったな、と海豚は一人小さくため息を吐き出した。
流石珠喇の親父さん。台風のように周囲を巻き込む人だ。まあそんな人だからこそこんなポッと出の自分を受け入れてくれたのだろう。
じっと天井を見つめたあと、海豚はゆっくりと上半身を起こした。
「……寝れねェ」
隣でいつも通り心配になるほど静かに眠る珠喇を起こさぬよう、そっと立ち上がる。
それからそばに置いてあった羽織を手に取って部屋から出るとその空気の寒さに体が震えた。
もうすっかり冬だなんて時の早さに驚きつつ一人廊下を歩いていく。
生徒会の面々と出会ってから目まぐるしく日々が過ぎていったものの、今年の夏からは今までの比にならないほど時が経つのが早かった。
……そう。竜也と関わるようになってからだ。
その少し前から妖怪は現れていたし、ブレイカーだって事件は起こしていた。だがあくまで自分たちへその刃が向いたことは無かった。
妖怪が生徒を狙っている動きが見えたから守るために倒していたに過ぎない。
それをある程度続けていてもブレイカーに目をつけられることは無かった。だから自分たちは今まで争いに巻き込まれることなく過ごせていたのだ。
修羅組が頼ってきたのだって、結局竜也の未知で強力な力を頼りにしてきたからだろう。
いくら他のメンバーが能力を使いこなせておらず強くなる可能性があるとはいえ、無名だった自分たちにわざわざ頼るとは考えにくい。
生徒会が呪いの子同士の争いに巻き込まれたのはただの偶然……だとは、どうしても思えなかった。
事実、竜也はASAが管理する学校に通っていた。
そんな学校の存在は公にされていないどころか、自分ですら知らなかったのだ。
それほどその存在は機密だったに違いない。それを、自分たちは知ってしまったのだ。……竜也の存在によって。
これからはきっと組織にも目をつけられるだろう。いくら忙しいとはいえ、そんな存在をのうのうとは放ってはおかないはずだ。
足を止めてそばの窓へと近づく。
日差しの明るさに目を細めて、そしてゆっくりと目を閉じた。
……もう、逃げられない。
その事実がゆっくりと自分の首を絞める。
いつか……いつかその時が来てしまったら、オレは……。
「海豚さん?」
聞き慣れた声が聞こえて、ハッと顔を上げる。
視線の先に見えたのはシエの姿だった。
「会長……」
「……眠れないんですか?」
「ああ……まあ」
少しの間の後。
シエがくすりと小さく笑みをこぼす。
「一緒ですね」
……謝らなければ。
優しい彼女が「竜也を見捨てる」なんて選択肢を選ばないと分かっていながら、それでも少しは考えてくれるかもしれないと現実から目を逸らして……結果、彼女を傷付けてしまった。
自分のわがままで、オレは。
「海豚さん」
「え……?」
「なんて顔してるんですか」
思わず確認するように自分の顔を触っていると、シエは優しく微笑んで両手でその手を握る。
「そんな不安そうな顔しないでください」
そこでようやく、自身の手が僅かに震えていると気が付いた。
なんでこんな。
動揺する海豚の手をシエは強く握って真っ直ぐに見つめる。
「あの時、何も聞かずに否定してしまってすみませんでした。きっと私たちのことを考えてくださったんですよね?なのに私……」
「いや会長は悪くねェ。オレが……」
そこまで言って言葉が詰まる。
オレが、自分のわがままで。
シエはそんな海豚を見て少し驚いてから、再び微笑んでゆっくりと首を横に振る。
「海豚さんだって悪くないです。きっとすごく悩んで、それで出た答えなんでしょう?……でも」
真剣な眼差しが真っ直ぐ向けられて。
「それでも、竜也さんは私たちの仲間です。仲間を見捨てることは出来ません」
すみません、と謝るシエを見つめてから、海豚は頬を緩ませて「いや」と首を横に振った。
「謝ることはねェよ。分かってたんだ。分かってて、聞いちまっただけだ。もしかしたら考えてくれっかな、なんて思っただけで」
「……そんなに、竜也さんは危険なんですか?」
シエの問いかけに、海豚は目を伏せる。
それを静かに見つめてからシエはそっと海豚の手を離した。
何も語られなくても分かる。……そういうことなのだろう。
そうですか、とシエは小さく呟いた。
でも。
「私たちは今までと違って、それぞれ僅かかもしれないけど……強くなりました。強力な仲間だって増えた。それを分かった上で海豚さんも忠告してくれたんでしょうけど……」
シエは柔らかな笑みを浮かべる。
「案外、なんとかなるかもしれませんよ」
海豚の瞳が小さく揺れた。
「ま、まあこの能天気さが危ないんでしょうけど……」
えへへ、と気まずそうに笑うシエを、海豚は静かに見つめる。
確かにその能天気さは危ないのだろう。だがオレは、珠喇は。そんな生徒会が好きだ。
いつでも暖かくて、笑いに溢れていて……苦しくなるほど優しい、そんな場所。
オレが守りたいのはそんな場所のはずだ。
そのためならオレは、なんだって出来る。そう、決めてきただろう。
ならオレがすることは、もう決まっている。
「大丈夫だ。それでこそオレらだろ?」
シエは少し驚いたように目を瞬かせたあと、それはそれは嬉しそうに微笑んで大きく頷いた。
「もちろんです!」
そんな彼女につられるように海豚も微笑んでから、「ほらもう少し寝とけ。きっと今日も騒がしくなんぞ」とその背中を押していく。
女子用に借りてる部屋へ連れて行き、その前で別れると自分もさっさと部屋へと帰った。
少しスッキリしたらしくあっという間に眠りについた海豚は、とても懐かしい夢を見た。
自分を見上げる、きらきらと輝く幼い目。そして───その目が、血溜まりの中で虚ろに見つめてくる光景を。
それはまるで、己の使命を思い出させるかのように脳裏に深く刻まれた。
あいつを、許してはいけないのだと。
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