第六章 見えた世界

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 じとりとした目で、海豚は目の前の柴犬を見つめた。 まっすぐに見つめ返してしっぽをふる柴犬。それはそれは楽しそうな表情で。  すっかり夜も更けた深夜。 情報屋コンビは路地裏のそばで立ち止まり、香偲は携帯を耳に当てて、そして海豚はしゃがんだまま柴犬と見つめあっていた。 自分たちは清皇学園の生徒がどこに現れるか、それを調べていたはず。 それがなぜ迷子の柴犬を保護しているのか。  飼い主への連絡を済ませた香偲に「なぁ香偲」、と柴犬と見つめあったままの海豚が話しかける。 「オレら……清皇のヤツら探してたよな?」 「え?あぁ、そうだね」 「それがなんで迷い犬の柴保護してんだ……?」 「だって困ってるって貼り紙あったから……場所も近くだし、俺らなら見つけられると思って……」 いやまぁ、いいんだけど。と海豚は後頭部をかいた。 柴犬を抱き上げる香偲を見て、「変わらないな」なんて昔のことを思い出す。  香偲は訳あって、幼い頃に一人になってしまった。 家族ともう会えない、その理由も分からないほどにまだ幼かった香偲は悲しむこともなく、ただ無邪気に「海豚にぃのトコにお泊まり」だなんて笑ってた。 そしてそのまま彼の両親と友人だった紺沢家に引き取られて、海豚と共に成長してきたのだ。 それから……自分が居なくなって。 心優しく寂しがり屋の香偲がどうしたのだろうと思ってはいたが……ひねくれること無く、まっすぐ育ったものだ。 話を聞く感じ今は一人暮らしをしているらしく、そのおかげかしっかりもしている。 ……まだまだ幼いが。  やがて現れた飼い主に柴犬を引き渡し、また清皇の調査へと戻った。  学園がある街に行った方が色々と情報を掴めるのは確かなのだが、なんせASAも絡んでいるのだ。あまり大胆には動きたくない。 そのため今していることといえば、清皇の制服を見かけたと噂がある場所、清皇の友人がいる人間の調査、そして清皇の評判や噂など。 相変わらず地道な作業だが、こなしていくしかない。  それでも、すでに分かったことはいくつかある。 まず清皇は、清皇学園のある街以外ではあまり見かけられないこと。 清皇を知り合いだという者も居らず、どうやら生徒たちの人間関係なども謎が多いこと。 それらだけで分かる。やはり危ない匂いがする。あまりに異質なのだ。あの学園は。 それだけ目立つくせに、戦闘員を育てているというその正体は情報屋でも知らなかった。 きっとASAによってそう簡単には調べられないようになっていたのだろう。 元生徒だという竜也が居なければ、このまま何も知らずに居たのかもしれない。  香偲はうーん、と眉をひそめて持っている手帳を見つめる。 あとは評判とか噂を知りたいところだが……そもそも清皇学園を知ってる人間があまりに少ない。 もう少しくらい知られていてもいいはずだが……。 どこか異質なのを、感じ取っていたりするのだろうか? それともこれらもASAによって操作されて……? 「清皇学園……厳しいね。一人すら見つかればよかったんだけど……」 「なにひとつ手がかりがねェんじゃァな……」 「かといって伊藤さんに直接行ってもらう訳にもいかないし……」 「そうだなァ……たぶん、帰って来れないぜ」 「だよね」 はぁ、と香偲が深いため息を吐き出す。  あれほどの実力を持っているのなら惜しがってもおかしくない。というより実際探されているのだから、のこのこ行ったりなどしたら間違いなく捕らえられることだろう。 それだけは自分たちも避けたいところ。 「海豚にぃでも調べられないことあるんだね」 「オレをなんだと思ってんだ????」 ジトリと見てくる海豚を気にせず香偲は思考を続ける。  当初の予定では、清皇学園の一人と接触して「最近辞めた生徒は居ないか」「居るならそれは季節外れの厚着を着ていたりしなかったか」などを聞くつもりだった。 清皇学園には呪いの子が居る、というのは知らない前提で進めたいため妖怪のことなどは聞けないが。 その予定どころか一人も接触出来ていない。なんなら清皇のことを知っている人間に出会えていない。 本当は清皇の名簿を手に入れられたならもっと早いのだが、自分や海豚の情報網でも叶わなかった。 これは、どうしたものか……。 「困っているみたいね」  ふと声が聞こえて、二人で振り返る。 そこに立っていたのは長い白髪に赤目の、どこか妖艶な美女。 いわゆる和洋折衷というものだろうか。上にニットを着て、下には着物生地のロングスカートを履いている。 その女性は人の良さそうな笑顔を浮かべて、二人を見つめている。 「だ、誰か来たんだけど」 香偲は警戒しているらしくその女性を見つめたまま、助けを求めるように小声で海豚に声をかける。……が、返答がない。 不思議に思って彼の方へ視線を向けると、海豚は女性の方を見て驚いたまま固まっているようだった。 「海豚にぃ……?」 「……なん、で……あんたが、ここに……」 女性はそんな海豚を見つめ、ゆっくりと目を細める。 「……手を、貸しましょうか」
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