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私は女が乗った車を待っている。女を待ちながら、左右の手に手術用の手袋をはめた。スポーツバッグから三十八口径を取り出してズボンのベルトに差した。弾丸は一発だけ残してある。
やがてそれらしい車が接近してきて、私の目の前に静かに停車した。古い型の国産セダン。私は近づき、運転席に座る女の顔を覗き込んだ。私が待ち続けた女だった。
私は何本目かの煙草を携帯灰皿に押しつけて火を消した。携帯灰皿を懐に仕舞い、それから助手席のドアを開けた。
「注文通り、うまく片付けてくれたの?」
女は言った。水商売丸出しの派手な服は上下共に深紅であった。唇も深紅に塗りたくっている。血の色に見えた。毛髪は金に近い茶色であった。
「片付けた」
注文になかったこと――親分の墓前に黒瀧の首を供えたことは敢えて口にしない。目の前の女にはまるで関係のないことだ。女はただ黒瀧が死んだことだけを知ればそれでいい。
「鉛玉を五発食らって黒瀧は死んだよ。死にたくないと最期まで泣きわめいていた」
「歌舞伎町の黒瀧も最期は無様なものね」
女は言った。
「でもどうして五発なのよ。話が違うわ。私は念を押してあなたに頼んだはずよ。拳銃に装填した六発すべてを使いきって黒瀧を始末してちょうだいって」
女は私を睨んでいる。毒を持った大蛇のような眼差しで。
なるほど。
これが黒瀧を誑かして組の金一億八千万円を盗みとらせ、挙げ句にその黒瀧さえ煙に巻いて金を独り占めした女の顔か。
思った通りの顔をしていやがる。
酷い顔だ。だが私はそれ以上に酷い顔をしているに違いない。何しろ今から黒瀧殺しの罪を、目の前の女にすべておっ被せようとしているのだから。
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