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顔と身体的な特徴を見られた。しかしだからといってどうということもない。ああまで酔いの回ってふやけた頭では、私の人相風体など明日の朝まで覚えていられまい。
私は右手を腰に伸ばし、ズボンのベルトに差した三十八口径回転式にそっと触れてみた。それは指先の皮膚が張りついてしまうのではないかと錯覚するぐらい冷たく凍りついてずっしりと重かった。
私は左右の手をカウンターに乗せてひろげてみた。手相など知らないし、考えたこともないが、占い師なら今夜これから起きるであろう出来事を、私の手のひらを凝視して言い当てることが出来るのだろうか。それとも、左手の指がすべて揃っていないと占いというものは出来ないのだろうか。興味が首をもたげて私をそわそわさせた。ここを訪れる前に繁華街の路上に看板を出して座り込んでいた手相占い師の前を素通りしてきたことを悔やんでみるが、今となってはもはや後の祭りだった。
私は懐からサングラスを取り出してそれで素顔を隠し、石のように押し黙ったまま店の主人――今は偽名を名乗っているらしいのだが、私が知る本来の名前は黒瀧源助――を待ち続けた。
五分ほどが過ぎたと思える頃、引戸が妙な音を鳴らして引っ掛かりながら開き、五十年配の白髪頭の男が「おや、いらっしゃい」などと言いながら店に入ってきた。
「お待たせしちゃったみたいで、どうもすいません」
「いや」
私は当たり障りのない笑みを浮かべ、顔を左右にふって見せた。
「ちょいと野暮用が出来ちまったもんで、それでちいとばかり出掛けてたんですよ。随分と待ったでしょう」
「そうでもない。唄を聴いてた」
私は有線のスピーカーを指差した。
「おでん、すぐにお出し出来ますんで」
カウンターの向こう側にまわり、濡れタオルで手を拭きながら、私が注文するのを待っている。
「たまごと大根とがんもくれ。酒も」
「酒は、日本酒で? それとも生ビール、ハイボールもありますが」
「寒いから、熱燗がいい」
「へい、それじゃあ、たまごと大根とがんもと熱燗ね」
すっかり老け込んで白髪頭となっているが、やはり黒瀧の潜伏先を密告してきた者の情報通り、おでん屋桔梗野の主人は黒瀧源助に違いなかった。かつての兄貴分だった黒瀧の老いた姿をサングラス越しに眺め、網膜にしっかりと焼きつけた。
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