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「美味かった。ごちそうさん」
私は勘定を済ませ、席を立った。足下に置いていたスポーツバッグはそのままにしておく。カウンターの向こう側にいる黒瀧には床のスポーツバッグは見えていない。私がそれを何に使おうとしているのか知ったとしたら、いったい黒瀧はどんな顔をするのだろうか。
「どうぞまたいらしてください」
愛想笑いを浮かべて頭を下げるかつての兄貴分を一瞥し、サングラスを外した。
いったん外へ出て、コンセントを引っこ抜いて看板の灯りを消し去ってから、暖簾を外して持って再び店内に戻った。
「あのう、ちょいとお客さん。あんた、何やってるんだい。悪ふざけは困りますよ」
「ふざけちゃいないさ」
「いないさって、あんたさあ……」
「気にするな」
引戸をピシャリと閉めて、内側から鍵をかけた。暖簾を竹の心棒に巻き付けて、それを壁に立て掛けた。暖簾を巻いた竹は壁を滑りながら倒れて床に転がった。私は身を屈めて倒れたそれを拾い上げ、再び壁に立て掛けた。それはさっきと同じように壁を滑り、床に倒れた。私は倒れたそれを思い切り蹴り飛ばした。壁板に竹の棒がぶち当たって、派手な音を鳴らした。
黒瀧源助は私の一挙手一投足を無言で眺めていたが、やがて表情が凍りついた。
「ツヨシか、なあ、あんたツヨシなのか」
黒瀧は唇を戦慄かせながら後退りして、背中を壁に押しつけた。狭い店の中だ。入り口を私に塞がれてしまったからには、もはや黒瀧に逃げ道はない。
「兄貴、久しぶりだな。また逢えて嬉しいぜ」
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