黒瀧の首

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呼吸を整えて漸く落ち着いてから、腕時計の文字盤を見た。作業に取り掛かってから九分ほどが経過していた。私は黒瀧の生首が納められたスポーツバッグを提げて、店の外に出た。裏通りは酔い客たちも疎らだった。遠くからパトカーのサイレンの唸りが微かにだが感じ取れた。私は表通りに出て、夜の街の人混みに紛れた。人の波に飲まれながら、私は千鳥足で歩き続けた。スポーツバッグの中に隠した生首を抱えたまま、適当なスナックを見つけて新幹線に乗るまでの時間を潰した。飲んでも飲んでも少しも酔えなかった。 時間が来たから、私は席を立った。 私は二十時十五分発二十三時七分着の新幹線に乗って東京都内へ帰り着き、駅前でタクシーを拾って今度は墓地へ向かった。 時刻は深夜に近い。 運転手はバックミラー越しに、サングラス姿の私を気味悪そうな眼差しで何度も覗き見ている。 私は平然としてやり過ごした。 墓地へ着いた。道路を挟んですぐ向かい側に古い禅寺がある。周辺に人家は見当たらない。廃工場やら倉庫やらが立ち並ぶ寂しい場所だ。 料金を支払い、タクシーを捨てた。 亡き親分の墓前に黒瀧の首を供えた。 線香の香りがたまらず目にしみた。 深夜だというのに、何処からともなく湧いて出た大量の蝿が、黒瀧源助の生首の周りを五月蝿く飛び回っている。あるいはそれは、私にだけ見えている幻覚なのかも知れない。どうでもいい。どちらにせよ、こんな時間にここにいるのは、この世でただひとり、私ぐらいのものだからだ。 黒瀧源助の生首を亡き親分の墓前に供えたまま、私は悠然と立ち上がって墓所を後にした。 深夜の道を、ひとりで彷徨い歩いた。 大きな通りに出た。 車道を行き交う自動車の赤いテールランプが、死者の魂のように、ゆらゆら揺れて儚く滲んでいる。 立ち止まって、煙草を口に咥えた。 ジッポーで火を着け、煙草の煙を吸って吐いた。
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