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本物の? 指に、はめるもの?
あわてて、僕の持っている鍵を取り出す。301号室の鍵。うちの書店の、世間的にはあまり浸透していないひよこがモチーフのマスコットがぶら下がっている。毛羽立って、見た目はお世辞にもいいとは言えない。
「…僕も! 廉に指輪渡す…渡したい。あ、でも指輪じゃ目立つなら、だったら他のものをあげたい…だから」
言いたいことが一気にあふれ出して、言葉がまとまらない。ちっとも上手にしゃべれない。
「だから…今はこれ、持ってて」
廉は微笑んだ。
「…じゃ、交換だな」
廉の長い指の先っぽに、ゆるキャラがひっかかって揺れる。その約束はとても不器用で、ロマンティックでもなんでもない。でもいい。
抱きしめられる。
「もう二度と離さない。離すつもり、ないから。もしも晴が嫌になったとしても絶対に離さない」
廉の体に腕を回して力をこめた。
大きな駅のわりに、新幹線乗り場の改札はせまい。混雑してはいないけれど、旅行者やスーツ姿のサラリーマンがいる。終電ならまだしも、こんな明け方に別れを惜しんでいるのは僕たちくらいだった。
「うん、僕も。離したくない。離さない」
一度別れを選んだあのとき、僕たちのおとなり同士の生活は終わった。けれど、また始められる。
「いつか、いっしょに暮らそう」
とくん、と胸が鳴る。
「でも…東京に戻ったとしても、何年かしたらまた転勤になるかもしれない。何年経っても戻れないかもしれない」
なんせ店舗は全国津々浦々にあって、僕はサラリーマン書店員なのだから。
「それでもいいよ。いつになったとしても、俺は待ってるから」
こともなげに答える。
「もっと売れて、プライベートも噂も週刊誌も関係なく仕事が入る実力をつけて、そして晴のこと迎えに行く。力をつけて、いろんなものを守れるように」
静かだけれど、もう決めた、というような強さを持った言葉だった。
「僕も、…もっと強くなる」
廉は僕の背中を撫でる。
「晴はそのままでいいよ。充分強いよ。こんな俺についてきてくれて」
「もう嘘をつくのはやめる。廉といっしょに暮らしたい。となりにいたい」
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