これからのふたりのこと

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その日まで、今はまだ、別々の場所へ帰る。 「連絡するから。たくさん」 「うん。僕もする」 「もっとたくさん、いろんな話したいから…晴も、なんでも話して」 乗車を促すアナウンスが流れる。時間だ。 「…じゃあね」 「…うん」 「次は東京(こっち)に来て。待ってるから」 うなづこうとしたら、だめだった。涙があふれてしまう。 「知り合ったばかりの頃には知らなかったけど…」 僕の頬を両手で包んで、とても優しい目をして僕の目元を指ですくう。 「泣き顔もいとおしいよ」 「もう…」 甘やかさないでよ。泣き笑いみたいな、変な表情になってしまう。 「さよならは言わない。また会えるから」 たくさんのものを僕にくれた。僕がそのぶんを返せるとは思えないくらい、たくさんのものを。 廉はおとといの夜、僕の耳元で僕だけに届くようにその言葉を言ってくれたのだった。 「…僕も」 「ん、なに?」 今までに一度も、ふざけてでも言ったことはなかったので、言おうとして口ごもってしまう。 「僕も…廉のこと、その…」 こんな場所に数年後ふたりでいるなんて思っていなかった。 その言葉の意味も、それを伝えたくなるほどすきになるってことも、知らなかった。 廉の耳に手を当てて近づく。とびきりのないしょ話だ。こほんと咳払いをした。 「ぼ…僕も」 廉は軽く身を屈めて、目を閉じて待っている。その睫毛がすきだ。 「僕も…廉のこと、あいしてる…からね」 忘れないで。離れていても、となりにいるから。 廉はゆっくりと目を開ける。体を離して、僕と目を合わせた。 「晴…顔、真っ赤」 廉はおかしそうに笑うと、僕の髪に柔らかく手を添えてひきよせた。 廉は改札をくぐった。東京行きのホームにつながる階段を上る前に僕の方を見て、手を振った。笑顔だったと思う。僕が貸した妙なロゴ入りのTシャツを着ている。僕も手を振り返す。 それきりもう、振り返らない。
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