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(れん)をきれいだと思ったのは、そのときがはじめてではなかったけれど。 無造作にたくし上げたボトムスから出たすらりとした素足の下に、波打ち際と砂。 花束を右手に下げ持っている。モノクロの中、そこだけ色づいた小花の色彩は波飛沫や海の泡と半ば一体となり、きらめきの帯を廉の傍らに作り出している。 うつむいているというよりは、動きの中で一瞬下を向いたのをとらえたのだと思う。閉ざされきっていない目元でそれがわかる。 普段行かない大型ターミナル駅の広い通路。 出くわした僕は、人の流れの速さに逆らって足を止めてしまった。 高さも幅も充分にある柱が等間隔に据えられ、そのひとつひとつに、廉がいた。 連続撮影した写真なのか、1枚毎がほんの少しずつ、違う。 花束を持つ手の指は長く細いが骨ばっている。廉のものだとよくわかる。 はじめの写真では指にりぼんが絡まっている。あとにいくにつれて緩くほどけ、最後は風に乗ってふわりと端が浮かんでいる。 廉の、憂いをおびたまぶた。長くて、わずかに上向きの睫毛。主張しすぎない、だがきれいな鼻筋に小鼻。薄くかたちのよい唇は柔らかく笑みを刻む。 右下にごく小さく、北村廉という活字。それから、フォトグラファーの名前も。 僕が唯一名前と顔をおぼえている男性モデル。且つ、僕が毎週の放送を楽しみにしているドラマに出演する俳優。 好きな人で、尊敬している存在。 私生活ではわりと地味。本当はくせっ毛。 スマホを取り出して撮影することもせず、佇んでいた。 きれいだと思うのではなく、圧倒されていたんだ。動けない。 そう、なれそめはマンションのとなり同士だったこと。 僕の…恋人。
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