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「……みっ」  がばっと超高速で振り返ると同時に、驚きすぎて声がひっくり返り、猫の鳴き声みたいな声が飛び出る。 「みみみみみみっ、道真様!?」 「……うん?」  目を見開いて道真様を凝視している夜を見て(そりゃあ何もないところからふいに人が出てきたから)、道真様は目を細め、静かに閉じた。 「この気配……あたらよか。久しいな、千年(ちとせ)になるか?」 「あっ、はっ、はい! そうだと思います! あのっ、私もさっき、会って、すごくびっくりしてっ!」 「飛梅はずいぶんあたらよの世話になったからな」  肩を揺らしてくすりと笑い、道真様は穏やかな目で夜を見つめ、それから怪訝そうに首を傾げた。 「……? 飛梅、あたらよには私達が視えているのか?」 「へっ? ――あっ」  そうだ。  私が屋根の上で足をぶらつかせていても誰も咎めないように、道真様や私、神様だとか精霊、人の魂なんかは、普通の人には視えないんだ。もちろん、声も聴こえない。 「でも、道真様、私ついさっきまであたらよと話してました」 「……そうだな。それは、……そうか……」  何かを考え込んだ後、道真様は夜と視線を合わせた。 「あたらよ」 「はっ、はいっ?」  うわ。  私が名前呼んだときは、「誰だよそれ」とか言ってたくせに……まあでも道真様ってオーラあるよね、神様の風格あるし、迂闊に声かけられないよねえ、わかる。  姿勢だってすごくいいし、ゆったりとした立ち姿で、落ち着きも余裕もあって、怨霊だった頃の姿はもう見えない。それもこれも全部と、宜来子様の愛なんだよね……かっこいいなあ、恨みを克服した道真様、素敵。  そうそう、そう言えば生前は―― 「ああ、すまない、私は菅原道真という。この神社に祀ってもらっている者だが――少年、明日もこの近くにいるのか?」 「はっ、えっ? あー……はあ……まあ」 「ならば明日もここに来い。飛梅が寂しがっているようだし、遊び相手になってもらえないだろうか」  ――過去に飛んでいた私の思考が止まった。 「なっ、何言い出すんですか道真様! 私別に寂しくないです! 遊び相手もいらないです! 千年間ちゃんとお役目してました! 子ども扱いしないでください!」 「この近くに滞在する間、毎日来てくれたら、お前の望みは叶えよう」 「あの、道真様聞いてま――」  詰め寄る私を片手で適当にいなしながらの道真様の提案に反発しかけて、私はふと気づいた。  たぶん、道真様も気づいてるんだ。夜の魂のこと。 「……なるほど」 「は、はあ? ちょ、あの、さっきから話が見えないんだけど」 「簡単だよ? 道真様のお願いを聞いて下さったら、この学問の神様、菅原道真さまが貴方の願いを叶えて下さるって。というわけで、夜は明日からここに毎日来ること、決定だね。時間はいつでもいいよ」 「いやいやいや!? え、あの……」  でも、道真様が神様だっていうことは、認めるしかないみたいで。  夜はふと考えこんでから、やけに澄んだ、奥に真空が潜んでいるみたいな目で、道真様を見つめた。 「願いって言うのは……なんでもいいですか?」
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