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人がやって来てからの天満宮は、賑やかで活気があって、楽しい。
私は本殿の屋根の上に佇む道真様の隣、屋根の端に腰掛けて、自分の足元で次々参拝していく人たちをワクワクと見下ろした。
色んな年齢、色んな性別、色んな表情の人たちを見るのは面白い。
この人たちの願いに、道真様の助手として寄り添うこと。
そっと背中を押すこと。
それが私の、ここ・太宰府天満宮でのお仕事だ。
「あっ! 道真様、あそこに可愛い赤ちゃんがいます!」
「飛梅は本当に幼子が好きだな。……まあ、気持ちもわかるが」
「見ていると、癒やされますよね。ふふっ、見てくださいあのほっぺ……可愛い……!」
ふわあああ、笑った! 笑ってる!
「可愛い〜〜っ!!」
口元を抑え、ぶらんと屋根から垂らした足をジッタバッタぶんぶん揺らす。
と、道真様がくすっと小さく声を立てたのが聴こえ。
「? どうなさいました、道真さっ……!?」
「私からしたら、お前もよほど可愛いが」
私のすぐ横にかがみこんだ道真様が、端麗な顔立ちにやわらかい微笑みを刻み、愛しそうな眼差しで私の顔を覗き込む。
……心配が停止した。
いや、精霊に心臓も肺もないのだけど。
「みっ、みみみみちっ……!」
ちっ、近いです!! と言おうとした声は喉の奥にぐっと詰まって、口をはくはくと動かすことしかできない。
文字通りすぐ目と鼻の先。長いまつ毛や陽光に煌めく瞳まで、はっきり分かるような至近距離に道真様がいる。
しかもたまにしか見せない、緩んだ笑顔で……っ!
「〜〜〜〜っ!!」
容量が限界を超えた私は、声も発することなくずざざざざっと後ずさった。
「み! ……道真様っ!」
かなり距離を取って、やっと声が出る。
道真様は遠ざかった私に驚いた顔をして、目をしばたかせた。
「……どうした、飛梅。もう親離れか? ……さすがにそんなに拒まれると傷つくのだが」
「いっ、いえっ! おにゃばやれじゃにゃいですっ!」
か、噛んだ!
「あのっ、嫌なわけでは……っ! ないのですが! いいいいくら道真様でもっ、そんなに近いとちょっと……っ、あの、恥ずかしいです……」
というか、道真様だから恥ずかしいのだけど!
「わっ、私境内見てきますっ!」
ぴょんっと屋根を飛び降り、私はすごい勢いで神社の広い境内を駆け出した。
道真様にとっての私が、「可愛い娘」でも。
ようやく吹っ切れかけてきたとはいえ、私にとっての道真様はまだ、「頼りになるかっこいい父親」じゃないから。
つい二、三百年くらい前までずっと慕っていた相手に、いきなり可愛いとか言われても……私、パンクしちゃいますよ……っ!
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