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ざあっと、風が梅の花弁を吹き飛ばす。
足元で葉が流されて、かさかさと乾いた音が鳴る。
「あたらよ」
もう一度、さっきよりずっとくっきりと、はっきりした声で繰り返した。
「あたらよ……あたらよ!?」
駆け寄ろうとしたら思いっきり躓いてしまって、がくんっと体が傾いた。
「わ、とっ、」
「おい!」
焦った声と同時に、勢いよく体が抱き留められる。
「おま、危な――」
「あたらよっ!」
何か言われかけたのを無視して、私はがばっと男の子の肩を掴み、顔を上げた。
サラリと揺れた髪はなぜか、ぴっちり七三分けに撫でつけられて、瞳には千年前みたいに無邪気で純粋な光はなく、むしろ目つきが昏くなってるけど。
千年前はかけていなかった、縁の細い眼鏡をかけているけど。
間近で見る顔は、間違いない、あたらよだ。
道真様が、まだ左遷される前のこと。
私がただの梅の木だったとき、ずっと世話をしてくれていた男の子がいた。
道真様の親戚だったか、家臣の家系だったのか、詳しくは覚えていないけど。
毎日欠かさず水をやってくれて、いつも話しかけてくれて、笑いかけてくれて、私が精霊としての姿をとれるようになってからはずっと二人で他愛ない話をして過ごして、仲良しで。
覚えている。
声を、顔を、言葉を。
今、ちゃんと、想い出した。
「あのっ、あたらよ、私、」
「いや、ちょっと待って」
千年。千年だ。
久しぶりの、本当に懐かしい再会に胸がいっぱいになって、高鳴って、勢いよく話し出そうとした私を、あたらよが引きはがした。
その顔に浮かぶのは――懐かしさや嬉しさや愛しさじゃなく、戸惑いと、ほのかな怒り。
「――――誰? きみ」
苛立ったようにうすい唇からあふれた言葉に、私は言葉を失った。
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