デスクーポン

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デスクーポン

「またお会いしましたね」 ありがた迷惑とうさん臭さが入り混じった表情で迎えられた。 そりゃそうだよ。「葬式の早割」なんてめったに利用しない。ましてやリピータなんて微粒子のレベルで存在するかどうかだ。 「なんだ。他に頼んでもいいんですよ」 俺も露骨に気分を害した……ような顔をする。 ここは雄典閣。いわゆるセレモニーホールという場所だ。通りすがりに「事前お見積り・ご相談(早割)」なんて攻めた看板を見つけたから寄ったまでだ。 つうか、攻めすぎだろ。よく炎上しないものだと、度胸に感心した。 最初に訪れた時の話だ。 俺の両親はおかげさまでピンピンしていたが後期高齢者だ。いつどうなるかわからないので相談しておいて損はないと軽い気持ちで入店した。 早割りなら粗品などの物質的な特典があるだろうというゲスな期待もあった。 はじめて入る葬儀屋は秋空のように清々しくて白で調度されていて驚いた。 「お見送りの場所ってもっとこぅグレーでしめやかで……」 「亡くなられた方に感謝して笑顔で送り出したいと願う家族さんが大半で」 職員は明るい顔で説明した。 本当は炉の回転率と副葬品の利益を胸算用している癖に。 俺はそんな悪態をおくびにも出さず「は、はぁ」と頷いた。 「失礼ですが、どなかが御予定で?」 職員はもったいぶる。 「いや、まぁ、とりま両親が」 俺もしどろもどろになった。今にして思えば人の生き死にを興味本位で扱うべきでない。 「ではご説明いたします」 プランは以下の通りだった。 早期予約割引:葬式の日程を早期に予約する場合に、一定割引を提供することができます。このサービスは、遺族が葬儀の準備に余裕を持って取り組むことができ、また、葬式を計画する際の費用を抑えることができます。 パッケージ割引:葬儀の準備に必要なアイテムやサービスをセットにしたパッケージを提供し、早期に予約する場合に割引を提供することができます。例えば、葬式の会場、棺、葬儀車、花、写真やビデオ撮影などのサービスを含むパッケージを提供することができます。 仮予約割引:将来的に葬儀を行う予定がある人に、一定期間内に仮予約をすることで、割引を提供することができます。このサービスは、健康な人でも、将来の不測の事態に備えて葬儀の予約をすることができ、また、割引を受けることができます。 紹介割引:早期に葬儀を予約した人に、友人や家族を紹介してもらった場合に、割引を提供することができます。このサービスは、早期に葬儀を予約することで割引を受けた人が、紹介者に葬儀の準備を手伝ってもらうことを促すことができます。 「三番目かな。親が年も年だし」 俺は心臓をバクつかせながら署名を済ませ家に逃げ帰った。 冷静になればなるほど脂汗がにじむ。 両親に連絡が行ったらどうしよう。 俺の手には「環境に優しいストロー」が丸まっていた。 何でこんなものくれたんだろう。 悩み事は多忙で洗い流せ。翌日から馬車馬の如く働いた。幸い俺はぼっちで一人暮らしだ。絡む同僚も少ない。常に頭を忙しくしたくて難解な本を山ほど買い込んだ。通勤途中もオーディオブックで耳を塞いだ。留守電に両親の相手をさせた。1年がたつ頃、俺は会社の研究開発部門に抜擢された。営業職からの異動は初らしい。そこで俺の耳学問が役に立った。テーマは配送部門のブレイクスルーだ。来るべき運転手不足時代を突破すべく画期的な発見に挑んだ。 俺の多忙に拍車がかかりとうとう音声プランを解約してしまった。 業務連絡は社用SNSで賄うからだ。 大型の案件が一段落しまとまった休暇が手に入った。法律で強制的に休めという。しかも仕事の持ち込みは禁止だ。 俺は胸毛島へ向かう機内で頭を抱えていた。今ではすっかり活字中毒だ。備え付けの読み物は退屈極まりない。しかたないのでカタログをめくって目についた商品の大気圏離脱に必要なカロリーを暗算し始めた。 するとスマホに着信があった。 From:UTK なんじゃそりゃ。発信元に記憶はない。 フィッシング詐欺か。暇なので送信元を暴いてDDS攻撃を仕掛けてやろうと企んだ。文面には惑わせる語句が並ぶ。 どこで抜いたのか父親の実名や生年月日まで騙ってやがる。 俺は騙されないのだ。万一に備えて個人情報を記入する際に独特の癖をまぜてある。どこから漏れたか簡単にわかる。 切羽詰まった文面の最後にドキッとした。 【お渡ししたストローをまだお持ちでしょうか。お父様が御所望です】 「なっ?! 何でさとうきびジュース好きを知っているんだよ?」 あの雄典閣の従業員と俺しか共有できない情報だ。 危篤だという知らせはガチなのか。 俺は機内でとんぼ返りするための便を予約した。 「またお会いしましたね」 セレモニーホールの病室で俺は管だらけの父と対面した。 血圧と呼吸数がどんどん下がっていく。 「おう、来てくれたのか」 皺だらけの目と口元が開く。 「お父さん、俺は……」 「野暮なことはいうな。あの鷹茄重工に勤めてるんだってな」 真っ白な眉毛がならだかになった。 「お父さん、こんなことになってるなんて、ごめん。もっと早く」 俺が謝罪すると父は俺の手を取った。 「いいんだよ。博士。それよりさとうきびジュースは持ってきてくれたかい」 「ああ」 俺は環境に優しいストローを紙パックにさした。あの時貰ったものは紛失してしまったが従業員が気を利かせたのだ。誤嚥に注意して一滴だけ垂らす。 父は満足そうに舌なめずりし「ありがとう。旨かったよ」と喜んだ。 四十九日が過ぎてやっともろもろの清算が済んだ。 そこで奇跡が起きた。 「早割りとキャンペーン特典を適用いたしまして」 葬儀代はゼロだというのだ。 「ありがとうございます」 俺は頭を下げた。 「これでお会いするのは三度目になります。お話と言っては何ですが」 恐縮する従業員をねぎらい俺はペンを握った。 父の件で雄典閣はとてもよくしてくれた。最後の顔はとてもおだやかだった。 そこで俺は父の伴侶である人の予約をすることに決めたのだ。 予約特典はまたもやストローだった。 「今度は大事にしてください」 従業員は念を押した。 「くれぐれも紛失なさらないように。でした」 「は? どういうことだ」 「三度目の葬式。くれぐれもご自愛ください。」 従業員は謎めいた言葉を遺して吸い取られるように消えてしまった。 俺の手には一本のストローが残った。 「グワーッ」 「まだ死にたくない」 「怖いよう怖いよう」 「シェルターはどっちだ?」 空の一角に煙草の焦げ目がゆっくりと広がっていく。某国のキロメートル級工場衛星が軌道を外れた。大気圏外を彷徨ったあげくこの街への直撃が十分前に判明した。 複雑な落下コースを描いていたため量子コンピューターでも予測が難しいかったのだ。迎撃は最終フェイズで失敗している。そもそも大きすぎて潰せない。 住民は我先に脱出したが落着地点の予想が二転三転し足の不自由な人々の移送に手間取った。 回避手段はない。あるのは気休め程度の核シェルター。 そして俺の手に一本のストローが残った。 「讃土博士!」 振り返るとあの従業員がいた。 「四たびお会い出来ましたね」 定年間際の営業スマイル。どんだけ葬式が好きなんだよ。 「俺も会いたかったよ。終わらせるためにな!」 ストローを掲げると相手もペンと紙を差し出した。 「最後まで付き合っていただきませんと、特典をお渡しできません」 その間にも工場衛星のシルエットはどんどん近づいてくる。 ぐずぐずに燃え崩れたフレームに手が届きそうだ。 燃えるように熱い。木々が熱風にあおられ葉や折れた枝が舞い上がる。 「俺の理解が寿命にどうにか追いついた」 俺はストローを握りしめた。 これが何であるか。正体の解明と応用に40年を費やした。 今だから言おう。これはだ。ビッグバンの直後、まだ宇宙が未熟な時代。余剰次元が整う際に成長から取り残された。だ。 UTKはこれを何処からか入手しワームホールの原材料に利用できることを発見したが、実用化する技術が未熟だった。 工場衛星が落着するにその応用に成功したが世界を救う時間が不足していた。 十分前。もがき苦しんだ研究チームは時空の断片に紐づく歴史的人物を見出した。 すなわちだ。 そこで彼らはイチかバチかの大勝負に出た。 宇宙紐がとりもつ40年の時空間に決死隊を送り込んだ。 「それが私です」 従業員は手を差し伸べる。 俺はその腕をつかんで傍らの老婆に向けた。 「まず、この人からだ」 大の字になって吸い口を押し広げ、ターコイズブルーに輝く内部へ誘導する。 「さぁ、急いで」 しかし老婆は及び腰だ。 「予約をしてしまったんだよ」 すると従業員が声掛けをした。「大丈夫です。人は誰でもそうなります。でも、いいでしょう!」 「助かるんだね?!」 ぱあっと表情が明るくなった。 「急いで! カンダタの蜘蛛糸じゃないので定員はありません! いそいで」 俺は避難民を煽った。 「研究三昧の頃とは雲泥ですね!」 「ああ。UTKのおかげだ。俺の両親もよかった」 「いいえ。博士のおかげです」 そういうと、最後の一人に続いた。 「博士も早く!」 促されて少し躊躇した。両親を見送った世界に何の意味があるのか。 俺の人生は今日のために捧げられた。戻ったところでいずれ逝く両親とぼっちの暮らしがあるだけだ。ワームホールは崩壊し俺の成果はなかったことになる。 それならば、焼け落ちる街をもう少し見ておきたい。 世界の終わりを体験しておけば俺の何かが変わるかもしれないからだ。 すると右手にぬくもりを感じた。 小動物よりつぶらな瞳に俺が映えていた。 「また、会いましょう」 その一言で俺のスイッチが入った。 「ああ、必ずな」 世界五分前創造仮説という奇妙な創造論がある。 俺と彼女の40年に渡る絆はこの世界が滅びる五分前にできたのかもしれない。 そう考えると楽しくなってきた。 さらに俺にはプランBが閃いたのだ。 UTKという企業は存在しない。だったら俺の好き勝手にすればいいんじゃないか。セレモニーホールでなくてもいい。 もっともっと「また会えましたね」と言える場所であればいい。 俺はそう願って、爆発炎上する世界に別れをつげた。 これから会いに行く。よろしく。俺の人生。
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