魔法少女は34歳 本編

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魔法少女は34歳 本編

 廃墟になった教会のパイプオルガンに彫像のように磔にされた男が、溜息を静かに吐き出した。腕と一体化している金の翼の羽が僅かに震える。その足元にやってきた眼鏡をかけたスーツ姿の女が、静かに問うた。 「……あなた、名前は」 「ロートス・イーター」  気だるげに半人半鳥の男が答える。 「そうだ。おれは王子だ。100年ぶりに海に生まれ落ちた雄だ。だから女どもは皆おれの子種を求める。良い子種は閨に楽器があればこそ」  パイプオルガンに磔にされているのはそういう理由があるらしい。 「恥辱だ。そうだ恥辱だ。夜になればおれは女どもに精を絞り尽くされ、朝になればあの珊瑚の色の窓から注ぐ光がおれを焼く」  ここに派遣されてきたのが『少女』ではなく、偶然現場近くにいた思春期を超えた女である自分でよかった、と思わず女が布一枚身にまとっていない男をもう一度見てから、もう一度聞く。 「……人間は、敵ですか?」 「わが父祖の代までは、ヒトの船と我らは相容れなかった。だが、いつの頃からか、ヒトの船は、我らを見失った。そして、もはや、ヒトは敵ではない。なにものでもない」  セイレーンの伝承よりも早くヒトの技術は進化し、近代化に伴いいつしか彼らの存在自体が忘れられていった、ということなのだろう。 「安心しました。それでは、あなたを保護します」 「女どもに八つ裂きにされるぞ」 「私の義務です」 「義務か。ヒトの雌は義務とやらで八つ裂きにされるのか」  ガシャン、という騒々しい音と共にステンドグラスが割れて、半人半鳥の姿をしたセイレーンの女たちが金切り声をあげながら教会内になだれ込む。  女はそれを一瞥し、スーツの胸ポケットからキラキラと輝くコンパクトを取り出して開くと、『通信機能』をオンにした。 『本部、応答願います。こちら中部支局長。緊急要請。西日本エリアに展開する「ハピネス【機種依存文字:ハート虹色】魔法少女隊」のデータをC35に転送するように』 『本部了解。データ転送完了。パターンCで起動可能です』  パターンC、ポージングと武器、そして音声を『同期』する必要があるデータの呼称である。女は粛々と、今しがた指定したばかりのデータを『開く』。 『マジカル☆ハピハピフルパワー100パーセント。キラキラおんぷパワーフルチャージ』  裏面に「C35」と印字されたテープの貼られたコンパクトの鏡の中から、教会という場にはあまりにもそぐわない、軽やかで華々しい音色と光を放つ1本の愛らしいステッキが顕現する。そして女は34歳公務員女性という歳姿には少々『似つかわしくない』愛らしさ満点のポーズを真顔できめて、彼女の手には少しばかり小さいステッキを宙に降り、至極事務的な口調で言った。 『ラララ♪ミュージカル☆ハピハピアワー、キラキラエレガント・シンフォニー』  ステッキからキラキラと鳴り響く音色と無尽蔵に湧き出る七色の光。女の眼鏡にも反射するあまりにもファンシーな音符の形の光が、襲い来るセイレーンの女達へ無慈悲に直撃した。
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