魔法少女は34歳 本編

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 足立玲奈、34歳。魔法少女マジカル☆レーナ。かつて共に戦った魔法少女の同期達は皆それぞれ結婚して家庭に収まっている。  しかし魔法少女というのは今でも全国津々浦々に存在しており、彼女達をサポートする『協会』が極秘裏に発足したのが10年前。当時24歳の社会人、市役所で働く公務員だった玲奈にもこの秘密の役職の話が回ってきた。独身であり収入も安定した生活を送っている女性は、魔法少女出身者の中では貴重でもあったのだ。  そして玲奈には『全日本魔法少女協会(JMGA)』の「中部地区支局長」などという役職名がついた。地元で活躍している少女達を陰ながら見守り、時には密かに現場でも活躍するその手腕は高く評価されている。  古ぼけた祈禱台をパイプオルガンの横まで引きずり、台を覆う布を剥がす。日の落ちた教会で、『ハピハピ☆ミュージカルステッキ』を口にくわえ、ヒールを脱ぎ捨て台の上に上がる。よく目をこらすと、かすかに潮の香りがするテグスのようなもので手首が乱雑に縛られている。この教会からは海がほど近い。玲奈は仕事用鞄の中からメイク用の小さなハサミを取り出すと、このセイレーンの男の手首を縛り付けているテグスを丁寧に切り落としていった。 「身体は冷えていませんか。他に怪我は」  問われた意味がわからない、といわんばかりにロートス・イーターが目を瞬かせ、そして自由になった片方の手首をゆっくりと動かし、目の前の玲奈をまじまじと見つめる。 「なぜ怪我の有無を聞く。おれはお前を害すことも……」  言いかけて、どこかが傷むのか眉をしかめて口を閉ざす。玲奈は再びコンパクトを開く。 『本部。怪我人発見。本ステッキをマジカルヒーラーステッキに換装。本件はケース5472で登録をしておくように』 『ケース5472登録完了。本部よりデータ転送します』  電子音が苦手なのか、ロートス・イーターが眉をしかめ、コンパクトに吸い込まれていったステッキと、新しく顕現した、少し年季の入ったステッキをもの憂げに眺める。 「さっきの騒々しい杖は使わないのか」 「用途が異なります。これは私が昔使っていたもの。対象物を癒します。妖魔の類にも使ったことが」 「おれは妖魔か」 「あなたはあなたでしょう、ロートス・イーター。セイレーンを妖魔と呼ぶかはこれから魔法少女協会本部が決めることです」  台を真正面に動かし、人と鳥との境目のような不可思議な男と正面で向かい合う。 「動かないで。そちらの糸も切ります。その後に治療を」  廃墟になった教会で、魔法少女のステッキの白い光だけが光る。 「おそらくは腕と肋骨が折れています。この杖でもある程度の治療はできますが……」  肋骨が折れるまで蹂躙されつづけたのだろう。そして腕が折れているのは腕と一体化している翼で逃げられるのを防ぐためだろうか。肌のあちこちに赤や青の痣が残り、背中にもパイプオルガンに擦りつけられた痛々しい跡が残っている。 「……きちんとした治療と休養、そして食事があなたには必要です」  現役の魔法少女だった頃にはなかった「武器」が今の自分にはある。玲奈は鞄の中から自家用車の鍵を取り出して言った。 「たとえ追っ手が来ても振り切れる程度の運転ならJMGA本部の研修で訓練済です。裏手に車が止めてありますので」 「クルマ?」 「端的に言うと陸用の船です」 「お前が、おれを、運ぶというのか。どこにだ」 「私の部屋にです」  男の上半身に祈祷台から剥ぎ取った布をかけてやりながら 『本部。支局長専用車両「ま19-51」にルルル♪マジカル☆キラメキシールド施行を緊急要請。怪我人を搬送します』  コンパクトの通信機に指示を速やかに送り、玲奈は静かに言う。 「急ぎましょう。この場を早く立ち去って安全な場所にあなたを護送する義務が私にはあります。車にはシールドを張りました。安全にあなたを運ぶことが出来ます」 「義務、だと」 「魔法少女の義務です」  まさに『義務』の二文字が歩いているような、そんな玲奈の瞳をセイレーンの男が凝視する。 「……よいだろう。人の女から施しを受けることになろうとは」  忌まわしい傷跡ばかりが残る身体で、ロートス・イーターはゆらりと立ち上がる。 「連れて行くがいい。どこへなりとも」
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